なんでやねん! アーカイブ

定説を覆す。

 昨晩テレビを観ていたら、「恐竜の定説が覆る!」というタイトルを耳にした。なになに、恐竜の定説が覆す!?と、大好きな恐竜ネタだったので、いかなものかと迂闊にも気持ちを持っていかれました。結果、「なんでやねん!」となってしまうのですが。

 その仮説とは「トリケラトプスは草食で、ライバルのティラノザイウルスは肉食とされていた定説が間違いで、双方とも雑食だった!」と、わざわざCGをふんだんに使ってその仮説を説明していた。

 テレビだから言いたい放題だが、「定説が覆る!」「恐竜は雑食だった」「永遠のライバルだった」「太古のロマンが崩れる」、最後の最後に、「もしかすると、ティラノザイウルスはにニャーと鳴いていたかもしれないですね。」というコメントでそのテーマを締め括った。

 へぇ~、テレビの番組づくりも深夜枠となれば、こんなポンコツな感じになるのかと、ひとり部屋で「なんでやねん!」とつぶやいてしまった。

 「定説を覆す」って聞こえたものから、私は新しい化石や分析結果が確認され、進化のプロセスや繁殖地域について新しい事実が証明されたのかとか、世界のどこかの地域で、繁殖形態や亜種の新事実が発見されたのかとか、氷河期や隕石説意外の絶滅理由が発見されたのかなどと勝手に想像を膨らませたが、まったくの「膨らませ損」だった。骨格や筋肉の構造、食生活などの痕跡から、鳥類に近く、ティラノザイウルスもその後期には羽毛が生えていたとか、生殖についても、様々な仮説があるので、その辺に対する新たな定説の発見を想像したが、「ニャー」で強引に締め括った。

 あの女性アナウンサーの顔はしばらく頭に残るだろう。

マニュアルが小さい!

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 360度全方向、視野角240度というカメラが到着。データのスペックは4K動画まで撮影可能。こんなゴルフボールのようなコンパクトなサイズでこの高機能。VRコンテンツも簡単に撮影できるんです。

 しかし、本体がコンパクトなのは機能的で利点だが、それに合わせてマニュアルも小さくする必要はないと思います。なんでこんなマニュアルが小さい!ただでさえ老眼で細かい文字が読めないのに、マニュアルのサイズまで小さいと気持ちが萎えます。若い頃ならば、パンフレットやポスターのデザインをする際、文字は小さい方がカッコイイと考え配置する文字を小さくする傾向が強かった。しかし、年齢と共に・・・なのです。Time flies...

そもそも。

 「もっと早く知りたかった・・・」

 「こんな声を多数いただいております。 英語を「楽しく」「効率的に」「安く」学習する、
 今までなかった程、充実した500ページ以上のレポートを
 料で提供します!」か・・・。

 英語は楽しい?英語を効率的に?英語を安く?学習する?
 充実した500ページ?無料?何故何故何故?

 この軸が絶対的に間違っているとは言えないが、興味はないですね。

 そもそも、英語をそんな風に捉えたら寂しい気持ちになりますし、
 そもそも、「英語力」って何?って感じ。これじゃ竜頭蛇尾じゃないかな。

先日は・・・って!

 「先日はありがとうございました。早速ですがYahoo!のリスニング~」って、あたなと一回も面識もなければ先日っていつですか?よくもまぁこんな時代だとは言えそんな見切り発射なメールを送れるものですね。特定もしないしわざわざレスも返すことは一生ないでしょうが、これがルアーだとしたらかなりポンコツなルアーですね。こんなのブルーギルも追わないぜ。もっともっと、繊細にフックを小さくしてワームを吟味してもあなたは丘にルアーをキャストしていますよ。そこにバスがいるかな?そんなキャストばかりしているから、本来義務教育で学んだはずのモラルが欠如するんですね。ビジネスはなんでも最後のジャッジはモラルです。それが欠如しているとどんな美しい方程式をお持ちでも答えはポンコツですよ。例えそれがあなたの正解でも。モノホンのバスが釣りたかったらちゃんとラインとルアーセットを確認してから、ポイントを絞り込んでください。って感じ。こうなるとイライラとかじゃなく、そこまでポンコツになれる人生観に悲壮感が漂いますね。「もう今しかないのでこちらの特典をぜひ一度!」ってなんでやねん!そんなリンクテキストをクリックするわけないでしょう。モノホンのバス釣ったことあるのかな?無料フィッシングゲームのやりすぎかな?

ダメじゃん!

 ねぇねぇ、それじゃ全然ダメじゃん。それはあなたの水でしょう?もしかして、餌も実はとられていないですか?で、あなたはびびって小屋の裏に隠れてると・・・。確かにねあの黒いくちばしと意外と大きな身体が目の前に舞い降りたらちょっとひくかもしれませんが、そこは、あなたは犬なんだから、吠えるとか威嚇するとかしてくださいよ。このブログをどこかの泥棒が読んだら、泥棒さんwelcomeじゃないですか!

 朝、会社に行こうとすると、チョップ君の水の器にデカイカラスがくちばしを入れて悠悠と水を飲んでいる。恐らく餌もとられているのかもしれないぞ。声を出したくらいではカラス君は全然余裕。そのまま瞬殺で蹴飛ばそうと踏み込んだだら、バサリと飛び立った。おい、お前顔を覚えておくぞ。そして、例の奴でその小さい頭にお見舞いしますからね。って、カラスが飛び立ったら、小屋の裏からコソコソと平気な顔して現れる我が家の愛犬。なんだこれ、ダメじゃん!

 例の奴、凄いパワーですからね、あれ眉間に貰った日にゃ、ちょっと痛恨ですよ。

 なんか、そのカラスの目、クレバーな目をしていましたね。頑張れチョップ!

携帯・スマホ 心がけたいこと!?

 特にビジネスの現場で「携帯」「スマホ」の使用上の注意が大々的に日経新聞にメイン記事として掲載されていた。まず、なんでやねん!

 「会議や商談中も出しっぱなし スマホを机の上に出しっぱでチラチラと目をやりながら話をすると、仕事に集中していないと相手が感じる場合もある。」あたりまえやん!幼稚園児にお行儀のお話から始めるようなレベルだぞ。

 「無許可で写真を撮る カメラ機能はメモがわりに使える。だが、会社には撮影不可のものもあり、セキュリティーに対する意識が低いと思われかねない。撮影する前にはまず確認を」って、そんなこと・・・まで。

 「いつも手にもって話す いつでもスマホを持ったまま話す人がいるが、大事な取引先との商談の場では自分の話を軽視していると見られていることも」見られる見られないではなく・・・。

 「紛失は会社の信用問題に 取引先などの情報が入ったスマホを紛失すると、個人の問題だけではく、会社の信用にかかわる。日頃からパスワードでロックをかけたり、端末の位置を検索できるサービスを利用したりしておく。」いやはや、これはどんな時代の幕開けか!?

 私は次携帯を買う時は、折りたたみ式ではない、スマホではない携帯電話を買うつもりだから、こんなことは当然のこと以前に・・・。いや、他人は他人、自分は自分が今の時代のテッパンテッパン。

 時代に乗り遅れてもいいから、モラルの電池切れにならないように心がけたい。

必ず結果を出すリーダーの?

 「必ず結果を出すリーダーのマネジメント4ステップ」「企業採用も続々!就活中の学生にもオススメ!」「これからのリーダーに求められるのは日常業務+アルファの実績 計画・実行・評価・改善の4ステップで確実に目標を達成する」「リアルに役立つコツ満載!!の一冊」。という書籍があり、これが絶好調8万部と。そういう側面もある時代なんだろう。

 「なぜ、PDCAサイクルが回らないのか?→全ての原因は「計画のダメ」さにアリ・目標と目的を混同していませんか?」って、モノゴトはそんな単純ではなのだから、回らなくて当然。回らない回るではなく、スタート前に実は結果は出ているとも言えるし、一瞬で変化を受け止めれば新しい結果が確実にやって来る。それをどう受け止め続けるかが前進するというリアりティー。

 「計画策定段階で勝負は90%決まる」という幻想・期待に唯一価値があるとすればそれは保険感だけだろう。ダイブするのに安心したいから、戦略を練り策略を講じる。しかし、悲しいかなできることとできないことがある。それはどれだけ秀逸な戦略を講じても一瞬で変化するということ知らなければ、求めている結果は絶対に達成できないだろう。

 「実行段階のジレンマ」という想定外の事態で何が用意できているかではなく、何故か?どのようにを瞬間瞬間でリセットできるか否かが実は全ての結果を左右している。

 「改善策が見えてくる!評価の進め方」の評価ほど自分の都合で推量している事実を、自分自身がどう受け止めるか。これは評価とは少しニュアンスが違う。

 「次の計画につなげるステップ」とよく言うが、次に繋がる結果など出ているはずがない。それは、自分のさじ加減ひとつ。今回は今回、次は次。

 私はそいうリーダーが結果を出す時代なのではないかと思う。

今年最高のプレゼント!?

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 なんでやねん!

 今年最高のプレゼントを別にアップルからこれだと言われる筋合いは何もない。売り手が買い手の「最高」を指定する戦略はもう古いと気づくべきだ。そのシンボルというか象徴がスマホでタブレットのようにj感じる。「アプリ」「無料ゲーム」「クラウドサービス」どれも最高には程遠い。仮想空間で麻痺している神経に刺激を与えたいのはヤマヤマタニタニだろうが、このキャッチコピー、冷静に捉えたら、的が外れているし、奢りを感じる。「奢り=ブランディング」の構図だと勘違いしていた時期もあったことは事実だが、それはもう過去の歴史。「今」が見えている人なら、本当に必要なモノとは本当の言語であり、本当のアルゴリズムであると知るだろう。「言語」とは知恵に代用できるかもしれないし、「アルゴリズム」とはプログラムやノウハウやエクスペリエンスに代用できるかもしれないが、そういう時代の入口あたり、「今年最高のプレゼントですよ!」という売り子の声は耳に心地悪い。

いらないいらない。

 そもそも、スマホ、タブレット、カーナビは持っていない。特筆するような機能があるように感じられないからである。目的の機能があれば買うが誰かがメディアが便利だと連呼してもいらないものはいらない。さらに、電化製品関連の量販店のチラシを見ていると気になる商品がいくつかあった。これいるのか?という商品である。この商品を買ってステイタス感を味わいたい人は自分のニーズを曲解して買うだろうが、その機能はどうしてもそれだけの価格価値があるようには思えない。

 第3位は、ダイソンのセラミックヒーター。例のファンの内扇風機の温風タイプ。それが、10,000円以下なら最悪あってもいいかもしれないが、特価で¥57,000って!そんなの買うか!思いの他、掃除機ののびしろが頭を打っているのだろう。

 第2位は、ルンバ。勝手に床を掃除する奴。これがまたアホほど高い。いらないいらない。

 第1位は、マッサージチェア。例のもみほぐす奴である。これの価格が¥320,000って、アホらしくて言葉を失う。仮に320,000あったら何を買うだろう・・・。恐らく、最新のパソコンとソフトと書籍とDVDを買って終わりだろうが、それと同じ貨幣価値の椅子に座って、さて、何をもみほぐすのか?

 つまり、薄型テレビも家電も売れないんでしょうね。飽和しているから、壊れないから、競合他社が頑張っているから。だから、ちょいちょい、上記のような「無意味な暴れん坊商品」で売り上げの嵩を上げようとしているのだろう。で、それを鵜呑みにするユーザーがいるという構図。それで整えた微妙なバランスの上に、経済の復興はないだろうな。「モノ」の貨幣価値をガチで学ぶ期間が必要なのだろう。

 最近、アマゾン関係のネットショップに商品を卸しておられる方といろいろお話をする機会があったが、その方のノウハウの自肩の強さはハンパではない。ネットビジネスの本当ののびしろは最終的に商品の質ではなく、売り手のポテンシャル。こうなると売り手というか創り手に近いから、土地でも宝石でもブランド商品でも株でも金でもオレンジでも、右から左へ転がしている人に旨味が集中しないような仕組みになってほしいもである。って、本当の旨味を知っている人はそもそも何も転がしてはいないし、自分自身のポテンシャルで価値を創っている人だろうし・・・。

世界を敵に・・・!?

 ふと、テレビを観ていると、どうしてもツッコみたくなるフレーズがいくつかある。それは、特にイマドキのJ-POPSというカテゴリーの中に目立つのですが、いわんや、AKBや韓国勢やジャニーズ系は最下層を浮遊していればいい程度で瞬殺にしてもう無感覚に近いのですが、人気デュオやちょっと雰囲気重視のふわっとしたタイプの歌手(決してアーティストは呼びたくない)が誰からか提供された楽曲を着飾って、ライトアップされて、マイクを握るというテイでのお話です。

 そんなクラスの人間が仮にも自作の歌詞だとしても、「世界を敵に回しても・・・」というフレーズは重すぎる。よくそんなことを思いつくな!という感覚。これもボキャブラリーの問題かもしれないし、間違いなくボキャブラリーの問題なのだが、聴き手も聴き手、「世界を敵に回しても君を・・・」みたいなフレーズが耳に引っかからないのか?よくよく考えたら、ええっ!どれぐらいの世界を敵に回すのか?とツッコみどころが巨大過ぎて麻痺してしまうぐらいのなんでやねん!というヤツである。高々誰かを好きになったぐらいのテイで、何も世界を敵にまわさなくてもいいだろう・・・みたいなことは、やはり、冷静に考えられなかったのだろうか。いや、それほど、熱くメッセージを綴りたかったのだろうが、もっと、他にそれならそれで適正なフレーズは無かったのだろうかと・・・。世界ですよ世界。サイバーテロやデモを先導しているアジテーションかい!って思ってしまった。し、それを聞き流せるってかなり神経系の麻痺がひどく蔓延していないかと。そりゃ、「毒になるテクノロジー」という書籍に反応してしまうわけ。

 で、他には「星に願いを・・・」とか「月に願いを・・・」というフレーズも気になる。冷静に捉えると、そもそも、その願い事とはどれぐらいの願い事?誰かが私を愛してくれるように願うのか?ドバイで自社ビルを建てたいと願うのか?宇宙飛行士に選ばれたいと願うのか?で、そのベクトルは変容する。まぁ、歌の世界レベルだから、「星」や「月」が分かりやすいのだろうが、そんな時、絶対に、「木星」に願うことはしないだろうし、「アンドロメダ星雲」に願うこともしないのであるから不思議。一般的な感覚として、何かそこそこの願いをする時に「星」とか「月」にしておけば、丸く収まるというセオリー的なことなのか。

 さらに、「永遠に・・・」というフレーズも使用活用頻度は意外と高い。しかし、日常会話ではあまり登場しないが、こと上記の緩い歌手達はこれを連発する。「永遠の世界」「永遠に君を想う」「永遠に続く道」って、そんなのは科学的にどこにもない。100億年が永遠と捉えるのか、100年を永遠と捉えるのか、適正値はその歌詞を創った人の感覚に依存するが、例えば、1000年を永遠と捉えている歌があったとして、歌詞の内容や状況や伝えたいメッセージがある設定で「永遠」は1000年なのか?と捉える。すると、それを聴いている人達(ファン)の中でいつしか永遠の尺が「1000年」になったとして、「永遠」の定義が1000年でいいのか?とならないのだろうか?

 「世界を敵をまわす」「星や月への願い」「永遠」、非常に魅力的なフレーズだが、よくよく考えると、やっぱ、なんでやねん!となる。ほらほら、SNSに日々呆けているH.N.さん、なんかツッコでみな!?

スマホ依存って!?

 携帯電話から乗り換え組の急増で、スマホにハマる人たちが増えている。いつでもどこでも暇さえあればスマホの操作、いや暇がなくても操作したいといった中毒気味の人も少なくない。便利な道具に魅入られた行く末は・・・って、結果、暇なんだからいいじゃん!

 携帯電話でもインターネットはつながるし、写真は撮れる、音楽も聴けた。だがスマホの便利さはそれをはるかに超えると・・・、完全にこのライターも「便利」という言葉のチョイスを間違っている。というほど麻痺しているんだから仕方ないが。「フェイスブックが利用しやすいので、コメントのやり取りが増え、無駄な時間を費やしたと反省してしまう。無料通話ができるアプリで無駄話が増えた。」という主婦の人。まぁまぁ、主婦だからいいじゃん!それで、「スマホで最も大きな問題は時間の浪費」と指摘するのは、メンタルヘルス支援ピースマインド・イーブ国際EAP研究センター副センター長さんのコメント。それで睡眠時間が減少し仕事などの支障を来すと・・・。だから???この副センター長さんも睡眠時間が減少し仕事に支障を着たさないアプリを開発したらいいじゃん!

 ある主婦は「夫がフェイスブックのとりこ。家族で出かけても読み手に「いいね!」ボタンを押してもらえそうな材料を探して撮影、ネット掲載と、全く落ち着きがない。小学生の娘に「パパと出かけてもつまんない」と言われる羽目に。」と愚痴っているが、そもそもつまんない人間だからフェイスブックにはまるんですからこれも仕方なし。

 なぜ、SNSにそれほど夢中になれるのか?理由は明確。暇を誤認できるから。ただ、スマホやSNSを創って財を成した人達をこの誤認している人達は根底から支えているわけだから、これも経済の仕組みの一旦を担っているのだから、いいじゃん。そういう世の中なんだから、つまらないパパでも温かく見守ってあげてくださいね・・・という感じ。

 で、私は無駄な時間も暇もなく、誰かの記事も特に「いいね!」に値するとは思わないし、誰かの「いいね!」が欲しいからネットにダイブしているわけではないので、完全にスルーさせてもらっています。まぁ、何においても平和な証拠。アキリもたぶんどこかで失笑しているでしょうね。これもカオスなのかなとか、これも動的平衡なのかなとか、これも必然必然、そりゃシロもつぶやくはず・・・安心安心。

アフィリエイトに挫折!?

◎アフィリエイトブログの量産にはもう疲れきった・・・
◎SEOだPPCだのイタチごっこはもうウンザリ・・・
◎毎日記事ばかり書いてるくらいならバイトのほうがマシ・・・
◎ライティングだ成約率だ記事のネタだと、もう嫌だ・・・
◎アクセスが勝手に来るようにならないものか・・・
◎家族や友達に胸を張って話せるネットビジネスって無いのかな・・・
という問題提起から、

「私はこうして成功しました。」というメンドクサイメルマガが到着した。

 なるほどなるほど、世相を反映している現在の実情のある側面が閉じ込められたメルマガの文脈である。言っておくが、最初から「疲れる」ようなことを仕事として選択したのはあなた自身じゃん!それに、自分自身の中核競争能力を棚に上げ、SEOにフォーカスしたのもあなた自身(まぁ、仮想のライティングだから、正確にはあなたでもないのですが・・・。)、毎日記事ばかり書いているぐらいならバイトの方がましとなると、これは本末転倒の愚痴そのもの。最後に家族や友人に胸を張って話せるビジネスじゃなかったんだ!?とこの羅列、弱音モードもはなはだしい。その上、今度は次のフワフワしたネットビジネスで成功したって続く。また、しばらくして時代が変われば上記のループ。確かに時代の流れは早い早いと言われているが、実は時間の流れはずっとずっと同じ。捻じ曲げたければ時空を超えてアインシュタインに聞けばいい。「何事も早いテイで・・・」というゴシップに軸足を変えただけのことでしょう。人間の思考や動作のスピードはどんなプラットフォームを手に入れようが、高速高級多機能アプリを手元に五万と持っていようが同じ。逆に意識下にある思考(シナプスの結合)の時間を抜本的に変化させたいと願うなら、恐らく恐らく、唯一の方法はそれ相当の薬品が必要でしょうね。

 便利になった時代だと勘違いして、結局原発を再稼働させている人間の最後の最後の蜘蛛の糸は、今も昔も同じ細さ。

 悪意のないメルマガだからこれぐらいにしておきますが、簡単に「挫折」とか「成功」とか言葉する人間は信用できないですね。それってすべて先入観ですからね。たぶん、「挫折ありき」でも、「成功ありき」でもないですよね。

 で、「全てのお悩みを解決する方法があります!」とURLが貼ってあるが、誰がクリックするか!お前のこのメルマガが一番の悩みじゃ!なんでやねん!と。

就職問題の論点。

 日本型の雇用システムに限界点が来ているとか、学生と企業のミスマッチ、ブラック企業、大学卒業後3年を新卒扱い・・・・とかとかとか。実はこれらのこと全てのイニシアティブを受け持っている人も現状のことを理解していないのでしょうね。学生がダメなのか企業がダメなのか?論点はどこか?という問題についてですが、あらゆる分野のエキスパートが何をどう分析してもそれは机の上の話。そもそも、「就職問題」などと命名して問題視している段階で本当はこれに関わっている人達にとっては大義名分の便宜上の「他人事」。それを論じることでそれらの人の立場やネームバリューが上がるから関わるだけでしょ!?それを「論点はどこだ!」みたいな戦隊ヒーローモノのリーダーじゃないんだから?これは正義、これは悪だって、どうしてそれだけ白黒つけたいのか?もっともっと現場は多種多用の16乗ぐらい多用なんですから。そんなたったひとつの書籍でそれらの論点が仮定できれば苦労はしない。それで定義できれば世界は平和ですよ。だから、就職率とか新聞も便宜上の物理定数ばかりリサーチしていないで、もっと、本当のリアルなガチな現場の「需要と供給」を繋げるようなメディアとして頑張らないと、新聞社など廃品回収後の新聞の在り方を考えるだけの集団になりますよ。

 で、就職問題を理解できる入門書が登場!って、なんでやねん!そこに入門して何がどうなる???

ゼニガメ¥980。

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 こいつら1匹で¥980。娘がこのタイミングでカメが欲しいと言いだした。恐らく、金魚や熱帯魚は水槽の掃除や水温の管理が大変だから、ハムスターや小鳥も餌や掃除が大変だから、猫はちょっと大きい買い物だし、イグアナはちょっと無理がある。ってことで、自分の身の丈に合ったペットは?ということで、たぶん「亀」をセレクトしたんだろう。まぁ、私も亀は嫌いではないし、可愛いと思うので、1匹だと可愛そうな感じがするのでペアでこいつらを飼ってみようかなと思っております。ということでまずは彦根のお店でチェック。

 で、その彦根のペットショップコーナーのお姉さんがとても親切だった。「亀って飼うのは難しいですかね?」と質問すると、そこからほぼ5分程度。みっちりと亀の飼い方をレクチャーしてくださった。そうかそうか、25cmまで大きくなるのか・・・、餌はそんな感じでいいのか・・・、結構タフなんですね・・・という感じ。そして、長浜のお店にチェックしに行く。ペットコーナーに行くとたくさんの水槽が並んでいる。金魚や熱帯魚はいるようだが、亀はいない。結構うろうろしたがいない。で、ペットコーナーで店員のお姉さんを発見。他のお客様に子犬のゲージの説明をしておられる。ざっと探したのですが、このお店には亀はいないようだったのでそれだけを確認・質問しようと思いそのそばで待っていた。

 しかし、同じペットショップの店員さんでこうも違うのか・・・、いずれ(彦根と長浜)も、確かに獣医ではないし、個人のペットショップの店長でもないので、そんな的確な説明を頂けるとはこちらも想定はしていないが、何分、彦根のお姉さんがとてもエキスパートな返答だったので、同じようなテイを期待したのが間違いだった。これほどお店によってはポテンシャルが違うのだ。でも、まぁ、それは仕方ないかという残念なコメントを頂くことになった。他に目的があったので、別段、そのコメントについて掘り下げることはせずに「はぁ、そうですか、ありがとうございました。」とその場をあとにした。

 しかし、しかし、仮にもお客様にそんなドテンネンなコメントあるかな?瞬時にツッコミたくなった気持ちと笑いがこみあげてきたが、その場面では普通にスルーして、少しそのコーナーから離れたところで、心の中で比較的大きめに「なんでやねん!」とツッコンでおいた。

 そのコメントとは。私は状況を判断してこう聞いた。「このお店には亀はいないんですよね?」。で、その女性店員さんのコメントは、それも、普通の顔で、別段、ひねっています的な狙いもなく、こんなレスポンスだった。「はい、生きているのは・・・。」

 ???、死んでいる「亀」はいるのか?「亀」以外にどんな「カメ」があるのか?前はいたが今現在は「生きている亀」はいないだけ?あれ?何か私の質問に不備があったのか?・・・なんでやねん!

離婚しやすいタイプ!?

 ほんとにテレビ番組の質が失速している。そんなネタで視聴率が獲得できるのか?そんなテンションでメディアとして成立できるか?という感じはずっとずっとあったものの、ほんとに最近のテレビプログラムの狙いが不明です。温存していた映像の再編集と芸人のガヤで組み立てるハリボテ企画、あとは、低俗な政治のお話がベラベラベラベラ。

 で、最近チラミしたテイは「離婚しやすいタイプ」についてのお茶濁し論議である。然るべき専門家が登場して適当なことでもないんだろけど、尺だけを繋いでおもしろおかしく仕立ててOKみいな。そんな緩いテイな上で「離婚しやすしタイプ」が紐解かれていた。適当に離婚経験のあるタレントや女優を並べて、然るべき専門家と対峙しながら、人生相談する。それを適当にMCが煽るという番組でした。

 神経質な人は離婚しやすいということに対するいろいろな分野の専門家の意見がまた緩く、そこまで、「正義」とか「適正」とか「理想」とかという基準を仮設定してどうよ?みたいな。結果、離婚するのは個人的な問題でどのようなコンサルティングをされようが、結局、儲かっているのはコンサルティングの先生であり、当のご本人は金を払って混乱を買っているだけ。結果、離婚の本質的な問題に対して他人がとやかく言える隙間(余地)など絶対にない。まさに、「夫婦喧嘩は犬も食わない。」のである。適当なコンサルティングがまかり通っているから、その延長上でこんなテレビ番組になり、制作サイドはそれが視聴率になると踏むのだろう。全てが後手後手の最悪の循環ですね。弁護士が喜ぶだけでしょう。

 少しジャンルは違うが、よく定期的に会社や個人で受ける「健康診断」これって、「あなたは健康体です!」という診断結果がでる比率は8%以下らしい。つまり、この場合「健康」って何かという上記の基準値の設定のお話。人間生きていればどこか悪い部位があるし、生き物なんだから、血液などの数値は気温や神経の関係で変動している。それを、健康診断の際の数値だけを判断して「再検査」となるケースが想定以上に多いということ。この流れで言うなら「ハゲ」も「シワ」も「ヒマン」も強力なビジネスモデル上の潜在客層なのである。これで成立している経済構造だから、いかに、メディアにコントロールされやすいターゲット(見込み客)だということになる。これが、テレビに適用されれば、そりゃ、モノホンのリアリティーなどにこだわる必要もコストもモチベーションも必要ないはず。ターゲットはなんでも美味しい美味しいとしっぽを振る犬や猫なんだから、とりあえず的に空腹状態が回避できればそれでOKなんでしょうね。

 「結婚と離婚」、これは個体対個体の問題。家族でさえ、専門家でさえ、まして、ビジネス目当ての外野が観覧席でガヤを飛ばすのはナンセンス。個体と個体の問題は個体同士のポテンシャルでしか、適正な答は出せないが正解。それ以外は全て誤解答である。

 ある、俳優が「私は3回離婚しているので、もう何が正解か分からないよ!」と、まぁ、見事なジェスチャーとパフォーマンスをしていた。なんでやねん!「人間として正解(軸がないから)ではないのだから、正解という基準が見えないだけでしょ!」みたいな。ちょっと2枚目で知名度があるだけでこうも軸がぶれるんだなぁ~というサンプルにしか見えない。

このDM、なんでやねん!

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 どこの会社か知らないが、ダイレクトメールが届いた。しかし、これを送料80円費やし、このチラシを作成するにもコストをかけただろうに、なのに、この緩さというかこの完成度の低い感じにクオリティーの薄い感じ、よくもまぁ、これで何かを仕掛けようとアッタクするなぁ~という感じ。デザイン力やコピーライトが緩いのはまぁよくあることだが、企画戦略の主旨でもありメインコンセプトとどうも内容が連動していないぞ。これをデレクションしてこのDM企画の最終ゴーサインを出したのはどのような人間だろう?とさえ分析してしまう。その人間像が想像つかない。ある意味怖い怖い。DTPがどうのとか、デザインがどうのとか、戦略がどうのとか言いたくはないが、そのまま、ゴミ箱へ捨てればいいのだろうが、どうにも、この突っ込み加減は凄まじいのでピックアップしてしまいました。で、内容はYahoo!のカテゴリー登録の販売代理店になれば・・・という主旨で、全国に営業所があるらしい。然るべきビルの写真は表示されているから、まんざら、薄い裏でもなさげだが、正確なところそんなことはどうにでもなる。しかも、Yahoo!の販売代理店がどうのこうのと言っている割に、URLもメールアドレスもなしかいっ!なんでやねん!となってしまうでしょう。緩すぎですね。せめて、80円出して戦略を練り込むならもっと誠実に正々堂々と直球で来てくださいよ。顔も心もスピリッツも感じられないこのDM、内容的にも質量は0。その未完成な緩い企画を相殺すれば、マイナスかもしれないぞ。これでもし電話をする人がいるとしたら、その人は日本語が通じない外人かもしれないですね。そこターゲットか!?みたいな。

 しかし、ひさびさに緩いDMでした。お見事!

美男でええのか?

 「イケメン」とか「美男」とか「草食系」とか何をどうしたいのだろう、マスメディアは?もうここまで捻じれると原型がなくなりますね。一方で歴史ドラマが戦国武士を描く、明治維新の革命家を描く、世界を又にかける企業戦士を描く、現代社会にメスを入れるキレモノ医師を描く、深層心理を解き明かすプロフェッショナルを描くって、それだけいっぱい軸を創って最終的にゲーム感覚でスイッチオフみたいな。うっすいトレンドにうっすい志。

 で、美男ということで、すらっとした美男が画面に映えるのは今も昔も同じでいいが、その使い方がちょっと乱雑ではないか。とびきりの美男を中心に話を組み立てればいいのに、たくさん集めてさぁ美男が画面にいっぱいみたいなテイがどうもテンプレート化してませんか?言わばAKBを筆頭にモーニングのあたりからの文化・慣習なんだろうけど、いっぱい並べてどれにする?みたいなテイが多様なニーズをキャッチするテッパン手法なのかな?それが的を得ていると言えば得ているが、その先に何がある?サメの歯と同じで、抜けたら次が用意されているからそれはそれでいいのだろうか?つまり、サメと同じ。泳ぎ続けて食べ続けてください。そこに購買やムーブメントが起こり、それが引いては文化になる。つまり、ローマのコロシアムの奴隷と獣が実は「美男」と「AKB」なのかな?

 で、ふわふわしている間に放射線の問題と電気の問題をグレイにするのかな?それも、人間の本能です。人間は忘却の生き物。CPUの構造は完全に左脳と右脳の中で起こっている化学変化を機器化したプログラム化した産物。当然、ゲームもクラウドもSNSもそうなるはず。すると、美男を並べてどんな夢を見せてくれるのか?ディックがつぶやくかもしれません、アンドロイド(美男)が電気羊の夢を見ているぞ!と。

常時モニタリング!?

 なんでやねん!不的確・不適正なツイッター・ブログを監視する業務を公儀に募っているらしいぞ。ほんとに監視とかモニタリングとか好きですね。ちぃっちゃ国のちっちゃい人達だ。CIAのマネゴト!?しかもアンダーグラウンドに潜む勇気も知恵もないもんだから、公儀に「わかってくださいよ、国の平和のためだから・・・。」みたいなことでしょうね。まぁ、モニタリングはいろいろなタイプがあるだろうし、さまざまなネット犯罪が横行しているのだから、やるべきだとは思いますが、どうせやるなら、水面下のもっともっとDEEPなところでやれば。仮に不適正だというブログやツイッターが判明した時に、モニタリングだけじゃないでしょう。仮想空間に漏れた放射線も仮想空間で除去するだけ?みたいなことではないでしょうね?しっかり、悪の根源を征伐してくださいね、御代官様って感じ。情報機関が得た情報をどう収集してどう活用してどのようにリアル社会の不的確で不適正な言動・思想・行動を鎮圧させるのか?そこが本丸でしょうし、そこも仮想空間だのみの机の上の会議手法では絶対だめですよ。つまり、監視しているということ=監視されているということをご理解いただき、あとは、双方の技術力とスキルと経験値でガチの勝負ってことですよね。そこにビジネスチャンスがあると捉えた人はアピールするでしょうが、その分野のスキルを持っている人がはたしてあなた達のその希望に沿った人達かな?という疑問も残りますよね。もし、悪意のある人が国のセキュリティーに侵入するためにこの業務委託を受けたとしたら、どうします?それも想定外?つまり、想定しすぎなんですね。今、想定していることが、次の瞬間、想定外になるってことを体感していないってこと。仮想と論理と知識の集積だけで問題を解決しようとしているから想定が想定でなくなるのです。

 1km離れた藪の中、スナイパーがスコープを覗くと敵のスナイパーが自分に向けて引き金を引くのが見えた。このシーンが彼が生きている時に最後に見たシーンだった・・・。みたいなことにならないように、潜む藪を選ぶべき。同じ性能のライフルを持っていることに格差は生まれない。このケースの場合、最も重要な判断は、どの藪に身を潜めるかですが、ただ、どこにその的確で適正な藪があるのか・・・?

 で、このブログは適正か不適正か?

サイモンは影が薄い。

 "Simon's presence is not felt strongly."直訳すると「サイモンは影が薄い」となる。この英語はどこで使うんだ?みたいなこと。これらが、ほんとに日本の英語のテキストや英語の教材には意味不明の非現実的な英文が多いということ。これどんな場面で使える英語なのか?こんなのを事例に出して英語を覚えりゃそりゃ世界の英語レベルで最下位になりますわ!みたいなこと。

 I started going bald when I was in collage.で「私のはげが始まったのは大学時代です。」という英文。これは辛い。なんだこれは?ハゲについて日本人はとても敏感だからアデラ~系のビジネスが成立しているわけですが、ハゲについて無関心な国民が増えればアデラ~系はビジネスチャンスを失うのだから。でも、大学時代とはちょっと切ない。私自身、30代で前頭部が薄くなり、毎日気にするのがメンドクサクなりそれからマイバリカンで3mmの丸坊主人生となった。でも、20代の頃、ハゲるかな?という緊張感から一気に開放されて、たぶん、ストレスも軽減されたのだろうし、毛根の脂分も比較的キレイになったのか、薄くなる加減が緩和された。まぁ、こんなプライベイトなお話はどうでもいいが、ちょっと、この例文は切ない。

 It hurts when i urinate.「小便するとき痛い。」病院に行けばいい。

 Their new baby is as cute as a button.「今度の赤ちゃんは可愛い。」その赤ちゃんのお兄ちゃんかお姉ちゃんはどうなのさ!この例文をなぜこのテキストに入れたの?悲し過ぎるでしょう。

 Maybe I'm going to be fired.「たぶん、私は首になるでしょう。」辛い。

 It turned out that they were struck by lighting.「彼らは雷に打たれたものと判明しました。」ということことは、判明する前段階で彼らはどのような状態だったのか?雷に打たれた彼らが一体どういう状況だったら、この例文が表現する状態になるのか?これがもっと哲学的な意味が背景にあれば、おおっ!これは深いじゃんとなるが、本当に雷に打たれたのだとしたら、判明した場所が病院であることを祈りたい。それにそうそう雷には打たれないぞ。それが例文?

 The slave ran away for his life.「その奴隷は必至に逃げた。」どの奴隷?

 Look at that scrawny half-starved dog.「あの半分死にかているやせこけた犬を見てごらん。」なぜ、それを誰かに見せる必要があるのか?それに昨今の野良犬で死にかけているような日本人のような野良犬など発見できるのか?野良犬や野良猫やカラスなどはもっと想像以上に逞しいぞ。逆に、彼らの心の声ならそれはユーモアがあっていいじゃん!カラスが2匹ゴミをつつきながら人間を見て言っている~みたいな挿絵があればこの例文はマッチするかもしれない。

 I'm going to take this book.「この本を盗んでいくよ。」という例文に母が子どもといっしょに書店にいて、書棚の本に母が手をかけているイラストがある。ダメじゃん!盗んだら、お母さん。

 と、この書籍、突っ込みどころ満載なのですが、最後にココイチをひとつ。

 Ten to one be will forget to buy milk.「ほとんど確実に彼は牛乳を買うのを忘れるだろう。」う~ん、牛乳ぐらいは覚えておこう。で、なんで牛乳なのか?

 と、どっかの書店で目に止まったらぜひチラミしてください。タイトルは「笑う英会話」¥476です。

リハビリかっ!

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 最初このテイの書籍を書店で発見した時、思わずツッコんでしまった。「リハビリかっ!」って。そもそも、絵を描くということの楽しい部分は、3次元のモチーフを2次元で捉え、画面に切り取ることが楽しく、それを頭の中でイメージを再構築することが楽しい。もしくは、記憶の中のモチーフとその瞬間瞬間の感情をフォルムや色彩で再構築して画面に転写すること。だから、ソフトウエアで描く絵が嫌いなのである。結果、絵になっていればいいじゃんみたいなノリは「絵のようなモノ」ではあるが、本質は画面に画材がのっている色のついた紙なのである。この「絵」と「色のついた紙」の決定的な違いを無視して、「大人のぬり絵」って。

 百歩譲って、輪郭が印刷された用紙に色彩を入れるということでも、色の配色・混色は無限のパターンがある。どんな画材を使うのが主流か知らないが、30色や40色程度の画材でキレイに輪郭どおりに色を入れて、はい完成って、幼稚園児諸子でもそんなの楽しくないでしょう。園児の皆さまの方が自由に白い紙に友達とか花とか飛行機とか自動車とか恐竜とかヒーローとか描いてますよ。これが正真正銘の「絵」ですから。

 キレイに輪郭の中に色を塗ってもしそれを額に入れてうっとりしているとしたら、それは、絵を鑑賞しているのではなく、壁のペンキがキレイに塗れました感のうっとりでしょうね。まぁ、企画商品として、売れりゃなんでも作ればいいが、「大人のぬり絵」って大人なんだから、白い紙と対峙しましょうよ、そこは。

ワラビー君が寂しい!?

 よくあるテレビプログラム。親が病気で死んで孤独なワラビーの子どもがいた。カンガルー系のそのワラビー君は本来ならまだ母親のおなかの袋の中で育つはずなのに外に出されてワラビー君は母親の愛情に飢えている。そして、その境遇から神経質になって飼育員と心を通わせることができていないと・・・。うん?それは全て本当か?誰に聞いたのか?病気で死ぬ間際のワラビーのお母さんがそうつぶやいたのかそれともその子どものワラビー君が「寂しい」とでも言ったのか?まったく、これらの設定に根拠がない。全て人間のエゴ。で、それがしゃらんとテレビの番組なり、ナレーションが流れ、雰囲気たっぷりのBGMに高揚・感動する視聴者・・・みたいなことがしたいんだろう。安易でありナンセンス。そんなにテレビの向こう側の視聴者の心は単純ではないぞ。それが仮に視聴率を獲得するテッパンのノウハウだったとしてこの脚色というか演出は安易すぎないか?それに呼応するタレントもタレントで、しっかり表情を創りワラビー君にうるうるの視線を落とす。

 別にワラビー君はそんなの欲しいと本当に思っているのかな?番組の尺の後半でそのタレントに近づきまるで母のお中の袋の中で安心して眠りにつく・・・みたいなことでオチ!?そんな動物を擬人化し過ぎでしょう。そんな視線で動物も人間も同じように描くから感動音痴続出なんじゃないの。人間は人間、動物は動物でいいじゃん!そこまで愛情表現を捻じ曲げてまで視聴率が欲しいのか?まぁ、テレビプログラムなどフィクションだからこれでいいっちゃいいが、ファンタジーならファンタジーでもっとガチで創りこんで欲しいなぁ~。安いロケで安い設定で最低限のナレーションとタレントの起用で効率的なコンテンツを創り過ぎ!

 で、ゴールは母の愛情を得たワラビー君が他のワラビー君のオリの中に返すことだって。動物使って適当に演出して感動音痴な視聴率を獲得して自分のポジションを確保しているだけ。それは決してクリエイティブではないぞ。ワラビー君は可愛いし、そのタレントさんも可愛い。が、そのシナリオで舞台を完結させるには設定不足。イモトさんの世界の珍獣達とのガチのリアルの方が数億倍楽しい。動物を描くなら、福島で放射線にさらされながら放置された家畜達にスポットをあてたら?福島の海岸で屍をつつく海鳥達の逞しさを描いたら?放射線を受けた海洋の魚や生物達の気持ちを代弁するプログラムを作ったらどうでしょう?そこをスルーして温室の中で生まれたペットの赤ちゃんを並べて「可愛い可愛い」のバーゲンセールではそろそろ感動音痴の人達も飽きてきますよ。

 本当にワラビー君が寂しいと思うなら、故郷に返してあげてください。

石原軍団さん!?

 皆でCMに出て禁煙啓蒙活動ですか!?なんじゃそれ!!!ほんとに皆さん禁煙してるの?そもそも興味がない・・・、そんなことないでしょう?お酒の時のたばこの美味さを知らないとどの顔にも書いてないぞ。なのにそんなにひょうひょうと「お医者さんと禁煙!」とか言ってる感じ、嘘臭せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!まれにみる嘘臭さ。ここまでテレビの電波を使ってガチの作り話を見せられるとあまりにものハリボテ感が満載でひとつの別のリアリティーさえ感じてしまいますね。

 論拠するところも変だぞ!お医者さんと禁煙って、やっぱ、喫煙を病気だと区分し始めている。愛煙家に言わせれば「私はタバコも酒も女も博打もしません!」など公言しているツルツルな野郎の方が危険。健康の定義は人それぞれ。多様でこそリアル。趣味趣向の部分であり、文化の部分であり、慣習の部分。これを疎かにし過ぎるから経済や流通や政治が停滞・沈滞・失速するのです。基本は全て同じ。人間力が低下しているから緊張感と研鑽感が足りない足りない。みんなみんなそんなにクローンになりたいのか?みんなで渡っても横断歩道で引かれたら死にますよって感じ。

 で、つ~ことは、結果、禁煙の啓蒙もビジネスにしようとしていません?なんて安全な国なのでしょう。何をどうしたいか?ゴールをどこに設定しているか知りませんが、そんなに優等生な健康大国を創って目指して日本はどこに向かうのか???吸わないのも自由、吸うのも自由でいいんじゃないでしょうか。吸わない人が辞めた人が、吸っているいる人や辞めていない人を降圧的に諭す・・・みたいこと、ほんと、この国のあるカテゴリーの人達って好きですね。それが自分の大切なIDENTITYだぞみたいに・・・。と、禁煙しなさいと言われただけでそんなにテンションを上げる必要はないのですが、言うなら返すよ!というスタンス。禁煙の前に福島に漂っているあれについてもっと国や機関に警鐘を鳴らせば・・・。

 いずれは、呼吸の仕方とか会話レベルとか歩き方とかも規制されたりして・・・、それって、もう、人間の必要あるのかな???つまり、石原軍団の皆さんがロボット!?マネキン!?マリオネット!?傀儡なのか!?

ふわふわした人。

 ええ、ブログをやっている以上、いろいろなレスポンスは単純に嬉しいし、どんな人からのレスに対しても誠意をもって返信したいところですが、でも、中にはちょっとキツイ感じのレスがどうしてもある。別に好き嫌いとか否定肯定というほどより好みをしている自覚症状はないのですが、レスに対してはガチありがとうございますなんですが、う~ん、なんと返信させていただければいいのか・・・となる人がたまぁ~にいる。そんな感じで迷った場合はちょっとスルーさせていただいている。ほんとにありがとうなのですが。

 それに、あきらかに腹の黒い方はなんでしょう?もう、メッセージやコメントを読んだだけで心がないというか、日本語がおかしい。まぁ、見切り発車している感というか誰でもいいからとりあえず送って返信があればいいか!みたいな感じで届くメッセージやメルマガはどう処理したらいいのか?まぁ、何も考えず「削除」が正解なんでしょうが、それさえもメンドクサイ。逆によくもまぁ、そんな心がない連絡をしてくるわい!という関心関心モードになります。たぶん、適当なメルマガソフトで無作為に送っているだけで、返信があれば話を盛ってやろう何か捻じ込んでやろうレベルの方なのでしょうね。寂しいなぁ~。もっと、生産的な建設的なのびしろのある行為に自分の心や頭や魂を使ったら???となりますね。そんなスパムに対して愚痴をこぼしても今の時代なんのメリットもないのでテンションは上げずにスルーしていますが、まぁ、次から次から。

 「私寂しいの・・・」って、なんでやねん!こっちはその60億倍寂しいわい!

ほぉ~、IQ148以上ね・・・。

 So,そんな団体があるのか。なるほど、なるほど、IQ148以上の人間だけが集まる団体かぁ~、入会テストが1時間でテストを受けるのに¥10,000で、年会費が¥3,000で定期的な食事会や交流の場合がありメンバー同士で親睦を深めあう社交の場だということ、なるほど。とても好奇心が頭をもたげる。公式なIQテストなど受けたことがないので、自分のIQがいかほどか全く不明ですが、なんとなく興味がある。世界各国にも多くのメンバー会員がいて、あの、J.フォスターも会員だとか、そして、著名なアーティストや事業家もいるらしい。どこかこの知的なテイの集まりに興味があるのか?単にJ.フォスターに条件反射しているだけなのか?自分を試すために他流試合を只したいだけなのか???

 で、この148以上という数字はほぼ総体的な人口の「2%以内」らしい。これが上位という軸で残りの98%が2%の位置的に下だということでもないらしい。IQという分類で2%なだけであって、仕事の能力や知識レベルやキャリアが影響を受けるような、まして、著名であることや資本家であることなどについての指標ではないとされているが、そこは人間の心の綾、IQが低いより高い方がいいでしょう・・・となるのが自然体。

 で、このメンバーでの食事会や懇親会などの社交の場、はたして、どんな空気なんだろう。「頭の回転が柔軟で速い」というイメージがあるので、優越感とはまた違ったせっかちの集まり!?ベラベラとうるさいしゃべりの集まり!?視点の定まらない議論が迷走するメンドクサイ集まり!?という側面も否めない。

 が、興味がある。好奇心が抑えにくい。どうしょう?「たった1時間のテストで¥10,000」これだけがボトルネック。たぶん、この組織の会長さんも相当IQが高いのだから、この価格設定をなんとかならないものだろうか?それともちょっと天狗になっているのかな?お食事会意外にのびしろのなさげなこの組織のメンバーになるためのテストが1時間で¥10,000って、これって、適正値なのかな???

 ストレートに「なんでやねん!」とツッコめないほど、興味があるのもリアル。

只今朝食中。

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 ちょっと休憩って感じで、石の橋の上。と、目の前のさぎ!?が水面に頭を突っ込んだ!口にはさぎの口にちょうどいいサイズの小魚。ほぉ~いい仕事をしましたね。橋の上にはそれを見つめる人人人。さぎは悠然と石の上に立ち、ゆったりと口にくわえた小魚を飲み込む準備。只今から朝食です~って感じ。

 魚はもしかしたら逃げられるかもしれないと、一生懸命全身をぷるぷるとくねらせてか、もう、絶命寸前での痙攣なのか、ピクピクが止まらない。いやいや、そんなもうこのくちばし間に挟まっている段階で諦めてくださいよ的な表情のさぎ。一旦、魚の頭をくちばしの根元まで器用に移動してグイっと噛む。小魚も最後のあがきを繰り返す。ようやく、さぎはこの魚を胃の中へという感じなのだろうか、ペンギンがアジを飲み込むように、のどの方向へ魚の頭を起用に切り替え(回転)てくちばしにそって小魚をくちばしと平行になるように頭がのどの方向、魚の尾がくちばしの先へとちょんちょんちょんと方向を変えた。おお、素晴らしい、テレビで観てたペンギンのあれと同じだ!橋の上で見ている人達も魚を上手にのどへ運ぶさぎの瞬間を見れた感で一瞬橋の上に妙な連帯感が生まれる。おお、さぎ君「いただきま~す!」ですね。

 あれ、出した。もう、橋の上の皆さん的にはつるりんと小魚がのどに入っていく感じなのに、どうも、魚の頭かエラかあばれたかでのどに入っていかなったのだろうか。ゲホッみたいな感じで小魚が石の上にポトリ。もう絶命寸前の魚はあまり動かない。すかさず、喰わる。しかし、のどには入らない魚。でも、喰わるさぎ、でも、のどに入らない魚。繰り返すこと約10数回。もう、橋の上の人達は「早く喰えよ!」的な空気。でも、何回も何回もくちばしの上で魚の方向を調整して調整して飲み込みたいさぎ。「おお~今度こそぉ~!、ポトリ。」なんでやねん!

 お前も、のどに入るテイでその魚を捕まえたんだろう?喰えない、のどに入らないならもう諦めて、もう少し小さい魚を探せば?もうかれこれ10分ほどお前の長い朝食を見ているんですけど!しかし、魚はのどに入っていかない。「もうええわ!下で待っているそのカメにその魚をやれば!?」と思った瞬間。魚はさぎの喉の中へツルリン。

 お前はマチャアキか!人に魅せる芸ってのはもっと練習してからそのステージに立ってください!それに、飲み込んでからのその「どや顔」はなんや!魚もつらい最後の瞬間だったこだろう。

地球はひとつ。

 世界中で放射能の計測数値が上がっているらしい。海に捨てた廃棄物、地上で放出された放射能、オゾンの破壊で増幅した宇宙線。しかし、この状況にもたぶん人間は対応するだろう。DNAに記述された災害時対策マニュアルを少しづつ紐解き、その内容を更新させながら、人類は地球は先へ行くのだろう。風が海流が地盤が動く時、人類はその影響をぶざまなまでも受けてしまう現実。核融合は人類にとってのパンドラなら、その被害者は他の生物である。生物達に一斉にツッコまれぬよう、「なんでやねん!」とならなぬよう、ボケるならボケる、ツッコミを受けるならそれ相当のリアクションを用意しておかなければいけないですね。

 2号機は復活したそうですが、まだまだ、予断は許さない状況です。地球はひとつ、生物もひとつ。すべてはひとつ。

東大生タレントのプライド!?

 あるテレビのクイズ番組に次のような問題が出た。「木炭画などのクロッキーやデッサンに用いる消しゴムの代わりに使うモノとは?」で、3名の解答者が答えた。いずれもトンチンカンな答だったが、ひとり、あまりテレビでは見かけない女性タレントで東大生、もしくは東大卒業を売りにしている、いわゆるインテンリ美人系のタレントが、言うに事欠いてか、東大生タレントのプライドからか、「そんなことは東大では教えられなかったもん!」とうそぶく感じ。たぶん、インテリの威厳と可愛いの演出からひねり出した結論がこの戯言。ちなみに答は「パン」。

 まぁ、それはその通り、デッサンと東大は明らかに遠い。それに、別にこの答を知らずともお前は東大生タレントとして生命線が続くまでテレビに露呈することはできるだろう。しかし、その場面で答を知らなかったからと言って、「そんなこと東大では教えられなかったもん!」と言う人間性が見えた瞬間にフリーズしてしまった。どこまで自分のエゴを守りたいのかこのクソガキは。いわずもなが、デリケートな部分をあえて露呈させて心理学的に論理的に私は絵画のことなど知らなくてもこうしてテレビに出ているのだから、そんな問題を作った、そんな問題を捻じ込んできたテレビ側の人達を冷やかに軽蔑しているという、ひやかしとしてのテイでとしか考えらなかった。

 テレビの世界だから何を言ってもいい、放送禁止だけ覚えて触れなければ、適正・想定内の論理的・形骸化的にルートが通っていればいいという、ねじ曲がった心からこぼれたお前の言葉の「醜さ」にかなりドンビキしてしまった。

 まして、絵画の世界をfuckな東大生タレントにいじられた感じ、遺憾と共に冷たい殺意さえ湧き上がってきた始末。いやいや、東大生もいろいろいるわけではあるが、仮説としてそんな東大の卒業生の皆様が特定のルート上を辿り、現在・現実としてそこにいるからこの国がこうなったとしたら、東大生のキャリアものびしろもなんとなく納得できそうですね。たかだかfuckな東大生タレント一人の醜いコメントフレーズ一本で日本が沈むとしたら、これも立派なバタフライエフィクトか!?

稼ぐ人の財布。

 「稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?」という税理士 亀田潤一郎という著者の本がある。つまり、年収1,000万円を目指すなら5万円の財布を買いなさい!と断言している。500人以上の「社長の財布」を見てきた税理士が教える、お金に好かれる人の共通ルールがあるらしい。って、仮にその法則が仮説レベルであったとして、それらに法則的なことを発見できたとして、同じことをして年収が1,000万円になった人がいたら、その方を紹介してほしいし、逆にこの本を読んで方程式を実行して私も年収が1,000万円になりました!的な本があれば教えてほしいものです。が、この書籍は買わない。

 たぶん、5万円以上の長財布のメーカーの息がかかっている。だって、500人程度の年収1,000万円を稼いでいる社長だったら、他にも共通点はあるでしょう。なんで長財布なのか?でも、すでに5万部を売っているわけだからそれ相当の共感は得られたということでこの税理士さんも脈はあったのだろう。稼ぐ人のルールがあるとしたら、たぶんお金に対する価値観が共通しているだろうし、稼ぎ方の部分についてもいろいろな業種があれど、アプローチの手法やビジネスモデルに対する洞察力や行動力のパターンが同じだったのかもしれない。また、年収が1億っていう社長ではないことから、そこそこの社長様ということでいろいろな共通項をひねり出した結果が「長財布」だったのだろう。つまり、これはシンボルとしての設定であり、誰でも彼でも5万円の長財布を買いました。でも年収が1,000万円になりません・・・ではないだろう。それこそ、この著者からの「なんでやねん!」が飛んできそうである。

 長財布か・・・、20代の頃、新宿で買った古い小さい皮の財布を今だに使っている。たぶん、20年以上は使っている。だからか・・・。

農業のシュミレーションゲームって!?

 「ドイツで爆発的な人気を誇ったファーミング シミュレーター シリーズの最新作がついに登場!日常の忙しい生活から解き放れ、田舎でトラクターを運転し、畑を耕し、種をまき、小麦やトウモロコシを育ててみませんか?是非!ファーミング シミュレーター ゲームをお楽しみください!」というあるソフト会社からのメルマガが到着。何がしたいのか?ゲームをしたいのか?農業をしたいのか?シュミレーションで農業をやって何が楽しいのか?もう、これはどうなの???日常の生活から解き放たれって、そんなに解き放たれたい日常になっているのは誰のせい?ゲームの世界に飛び立つ前にその日常の生活をなんとかしてお楽しみいただく方法はないものだろうか?ゲームの中でトラクターを運転して畑を耕して種をまいて、小麦やトウモロコシを育てて何が面白いのか?ゲーム文化は摩訶不思議過ぎる。

 ただ、ゲームクリエイターの人達もそこがニーズを捕まえるチャンネルでありファクターであるからこんな天の邪鬼を相手にしていないだろうが、逆に農業をしている人にちょっと失礼じゃないかと・・・。農業をゲームですることに、実際農業をしている人はどう思うのだろう?農業の大変さや苦労をゲームで「楽しさ」に簡単に置き換えてノーリスクでトラクターを画面の中で運転してどこにリアリティーがあるのか?何事もリスクがあるから危機感となり研鑽が生まれそれを達成していく継続していくからこそ「楽しい」が体感・会得できるのです。スイッチ入れて画面で「さぁ!農業するぞ!トラックを動かして、さぁ、トウモロコシの収穫だ!」ってなんでやねん!

「35歳限界説」!?

 「「35歳限界説」を打ち破る、エンジニアが習得するべきスキルとは?日進月歩のIT・ネット業界において、以前から囁かれている「35歳限界説」。市場環境の変化が激化している昨今、その傾向は加速している。事実、30歳前後の転職において、年齢相応のスキルや結果を求められることに、プレッシャーを感じるエンジニアも少なくない。」とあるルートからのメルマガに記載されていた。うん?35歳が限界って誰のさじ加減だ?確かに市場は激化しているしその傾向が加速していると言われていることは決して根も葉もないことではないだろう。しかし、30歳で転職する人がそれ相当のスキルを、まして、システムエンジニアという分野で・・・となると、本当にそうなんだろうか?つまり、「ついていけませんシンドローム」が実際に白旗を上げている人に有効に機能しているのなら、それはたまたまそういう人なだっただけのように思います。何もスキルスキルと煽らずともビジネスの現場はスキルだけじゃない。まして、地位や名声や資本力が逆にウイークポイントに容易く反転する時代、何をもってリアルとするかは自分が決めればいいじゃん!自分のスキルに責任が持てず企業や組織に依存している人、依存度を一旦解除して世の中を360度見渡せばそれが見えるのでは・・・?

 勝手に限界って言われると非常に遺憾だが、まぁ、限界点は自分で決めるでええやん。

男性のキュンとくる表情・・・。

 くだらないテレビのアンケート企画で、「男性の表情でキュンとくる瞬間は?」というクエスチョン。渋谷かな?そのあたりの二人の女性がいつものテンションで語っている。というより、鳥のようにさえずっている。「私は、私のために、ユーフォーキャッチャーでグッズをゲットしてくれている時、ユーフォーキャッチャー越しにチラっと魅せる彼の視線がたまらない。特にグッズをゲットした瞬間に魅せる彼の表情に、すごくキュンとしちゃうわぁ~!」って、なんでやねん!ユーフォーキャッチャーしている段階でダメじゃん!

ケント・モリさんの失笑。

 テレビにあのケント・モリさんが登場された。彼のダンスとの出会いやM.J.への敬愛やマドンナとの出会いなど、散々、素晴らしいダンススピリッツを拝見し、アメリカでのダンスステージを観て、さらに、スタジオ登場で、ワンステージ短いステージを展開された。もう、唖然というかこれ以上、いや、これと同位のアーティストとなると「世界の坂本」しかいないじゃん!もしかしたら、ケント・モリさんは現在最高の経歴を持っている日本人アーティスト・ダンサーかもしれないぞ。映画監督や俳優ならハリウッドクラスにひっかかる人は数人いるが、世界の三船さえ、世界の黒澤さえ、たぶん、ケント・モリさんのダンスパフォーマンスの前には舌を巻くのでは・・・と思わせるその登場。芸能人でさえちょっと圧倒されぎみの恐縮な感じ。

 で、最後にその総括で荒俣がコメント。「ケントのダンスには日本の能のテイストがどうたらこうたら~、結局そのテイストをマドンナやM.J.は凄いと感じたの感じてないの・・・。」と。う~ん、困ったものだ、ケントさんの冒頭のブイをこのご老体は覚えていないのか???日本の画一的なダンスが嫌になり、日本を飛び出してアメリカ本土の本場のダンスを修業された~ってあったでしょうに!そこで、M.J.のオリジナル溢れるダンスをリスペクトして現在の「ケント・モリ」があるっていってるじゃん!何が「能のテイストや和のテイストが・・・」なのさ。テレビの一消費者でさえ片腹が痛い痛い。そこは、自分のボキャブラリーは一旦置いて、「これからも素晴らしいダンスを私たちに魅せて、世界を魅了していってください!」でいいじゃん!何を自分自分みたいな、見苦しさがMAXである。なんでもかんでもルーツを「日本文化」に求めない方がいいですよ。たぶん、恐らく、間違いなく、グラスの下のケント・モリさんの表情は失笑だったはず・・・。

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エグザイルV3って!?

 しかし、始めて知ったことなのですが、完全にスルーしていた「レコード大賞」は、エグザイルだったようですね。しかも、3年連続って!?あれのどこが音楽なのか、そもそも今どきの感覚で「レコード」というニュアンスも緩ければそれに適用される人達も緩いということなのか。私は音楽が好きだしテレビも好きだし才気溢れる方の歌声やパフォーマンスや言動には心からリスペクトしているつもりですし、ファンとしていつでもどこでも音楽は流れていてほしいタイプなのに、このエグザ~は嫌悪感さえ感じる。というとなんだか心のどこかで反面~ではないがリスペクトしているような部分も残しつつみたいなことなのかなと自問自答するが、決してそうではない。あれは(別に悪いとかレベルの問題として捉えているわけでははなくて・・・)タイかインドのダンサーの集まりにしか見えない。歌詞や楽曲としてのクオリティーに関しても同意。日本語の語呂合わせでフィットネス感覚で大勢でちょろちょろしているだけの集まりに、仮にも「レコード大賞」が授与される背景とは???の部分を非常に危惧してしまう。

 で、どうなの実際「エグザイル」という存在は?もさいしメンドっち~しスタイリッシュの欠片もないステージパフォーマンス。世代が違うのか?感性が逸れているのか?価値観が違うのか?適当にF.O.してほしい。その代わりに絢香さんに帰って来てほしい。ほんま、彼らだけはよう分からんわぁ~。

捨てウサギ!?

 ウサギ年、せめてウサギに少しぐらいはリスペクトしてもいい一年のはずが、すでに都会ではペットとして飼っていたウサギを公園や河原に捨てちゃう「捨てウサギ」が続出しているらしい。まぁ、それを取り上げた編集者の意図もかなりギリギリな感じも伝わってくるが、記事を読むと「なつかない」「医療費が高い」という理由らしい。これもまた勝手な話。その他犬や猫でも様々な理由で飼うことを放棄する人が多いが、そんな人達に「動物の命の尊厳」について諭すことなどできないわけで、なら飼うなよ!ということも予定調和。だから、タレントがテレビでペットとじゃれているのを見てそういう人達は満足しなってこと。正月らしい新聞記事ですね。いやいや、新聞社の書き手さん達も大変大変。

留学生が激減!?

 日本から海外への留学生の数がここ数年激減しているらしい。逆に韓国や中国からの留学生は増えているらしい。これはどういうこと?アジアからの留学生が増えているのはとてもいいことだと思いますが、えっと、日本人の学生さん達どうした?これからは間違いなくグローバルな時代じゃないんですか?その大切な時期に海外の異文化や本場のディテールを感じて考えてくることは一生の財産になると思うのですが。私事で言えば、ほんとに中学から高校ぐらいはヨーロッパに行きたかった。でも、それは不可能だとあきらめたがそれはいろいろな条件があるから仕方なしの部分。ただ、少年は大志を抱くものだと思っていたから自然と海外の文化や芸術や歴史に興味があった。気がついたら地球儀をぼぉ~と見ていたり地理の世界地図を見ていたような記憶がある。しかし、そんなチャンスはなかなか手元に引き寄せられるはずもなく自分にできることにシフトしたような気がする。

 に比べて今の時代、海外留学に対しての国のサポートはかなり充実しているし、受け側の国もほんとにたくさん存在する。のに、日本人の学生は動かないということらしい。この島に閉じこもって情報を端末から得ている。まるで、鳥の巣のひな状態。いつ羽ばたくのか?それとも巣の中で仮想で羽ばたく?3Dで羽ばたく?電子を交換しても本当の飛ぶための翼は生えてこない。それが情報の本質であり、デジタルギアの本丸。とはいえそう悲観することもない。「知る」ことだけに特筆すれば地球はかなり小さくなっただろうし、情報の発信側も「感じさせてくれる」ような疑似の工夫や表現技術は巧み(進化とは思えない。)になってきている。だったら、あとはその足で立っている場所を変えるだけじゃん。

 ネイティブな日本人がいつの日か情報の海の上でガチなアボリジニにならぬように。

それで何が楽しい?

 聞いたこともない名前の男から突然メールが到着する。たぶんスパム。そのメールのタイトルには「お久しぶり」と無難なスタート。で、本文は、「ご無沙汰しています。私は世田谷で会社を辞めてSOHO状態です。いろいろ考えて希望退職しました。現在は、WEBサイトの仕事などをマイペースにしています。自分の時間が持てるって素敵です。これが悠悠自適の生活というのでしょうか。もし、お近くにお寄りの際は私のマンションまでお立ち寄りください。ゆっくり、ビジネスのお話でもしましょう。最近、公開した私のWEBサイトです。もしよろしければ一度覗いてみてください・・・。」って、覗くか!えらい巧みなアプローチでんな。それはどの部分が楽しくってやっているのか教えてください。ところでお前、誰?

 「最後に自分のスタイルで人生を~うんたらかんたら・・・。」と語ってるし・・・、なんでやねん!

観賞力というチカラ。

 芸術作品を鑑賞しながら自由に感想を言い合う「対話型」の鑑賞方法が教育現場で広がっているらしい。本来、美術教育は「描く・創る」ことが中心で、「観賞」は美術や芸術を学ぶなかで簡単に触れる程度。自分の意見を発表したり、他人と比較したりるする中で、芸術作品を見る目を養うのが狙いで、音楽などにも適用されているらしい。が、まず、芸術とは何かという部分でこの取り組みはずれている。内なる声を画面や楽曲で外へアウトプットすることが芸術である。これ自体が見事で秀逸な「対話」である存在に対して「観賞」を通じて対話ってなんでやねん!

 そもそも表現重視から転換して異なる見方を理解する~うんたらかんたらがこの取り組みの便宜上の主旨だろうが、それは、何が目的なのか?ただ、絵や音楽を見て聴いて美味しいコーヒーを飲みたいだけでしょう。そもそも日本語の仕組みでどう芸術を鑑賞しそれを対話に持っていくのだろう?そういう場が具体的にどこかにあるならば一度参加したい。ビギナーでもエキパでもアーティストはアーティスト、クリエイターはクリエイター。しっかりと自分の足で立ち頭で考え手を動かし完成したモノを、ドシがどう観賞してどう対話するのだろうか?これ以上考えていると頭が熱くなるのでこの辺にするとして、何も芸術について語る前に日常の対話でそれをやればいいじゃん!ネタに困ったからと芸術の鑑賞らしきことを経て対話のネタを探そうなどとおこがましいにもほどがある。芸術家と芸術家がお互いの絵を通して言葉少なに対話するならそれは意義がある。何も創らない人が創ったように気になって、表現はどうの、この作家の心情はどうのこうのと、それこそ安いフィクションである。それがリアルだと錯覚する時間があるなら、何かを創作するベクトルに時間を費やした方が健康的である。

敬語で子育て!?

 あるテレビ番組でゆるゆるのご夫婦がガチで「敬語で子どもを育てると教育上いいらしい~」的なことを言葉にしていた。公共の電波の価値が下がるわけである。それを担う人間はもっと危機感と責任感を持ちクレバーにスマートに流暢に語れっつ~の!なんで我が子に敬語で接っさなければいけないのか?それは何基準?どこの慣習のモノマネ?その心は?って整ってないし、オチちてもいない。なんでやねん!

もし、・・・がなくなったら!?

 結婚活動、ラーメン、霞が関、プロフ中毒、バラエティー、イチローのバット、文学部、コンビニなどなどがなくなったらとひも解く現代風の考察。主婦の友社の本というのがあるらしい。これを総じて「なくなる日」シリーズで毎月6日に定価800円で創刊されるらしい。知らなかった。例えば「末期がん、その不安と恐れがなくなる日」とは、「がん哲学外来」というのがあり、そこでどんなことが語られていて、生きているということは、死ぬということはどういうことかを啓蒙しているのだろう。また、「政治家がなくなる日」では、政治家の人数と報酬の関係や経済評論家があらゆる日本の無駄を検証しているのだそうです。一見、面白そうなタイトルと構成コンセプトですが、たぶん、この仮説はあまり意味がない。いわゆる「たられば」では何も解決しないし、この書籍をどう読み捉えるかによって形成される考えは有益な何かを、生産的なモチベーションに連動するかもしれないが、そこもまた個体のポテンシャルだろうし、そもそも、相関性で言えば、ポテンシャルのある人は無くなってしかるべきモノがなくなっても受け入れることができて、相対に順応すうる能力と与えられた素材を応用する能力があるから、決して「たられば」で軸がぶれることはないように思います。つまり、このシリーズは時間を持てあまし怠惰な生き方に慣れた(慣らされた)個体への暇つぶしのオモチャのように思える。が、それでも、それぞれの著者に引力があれば、そのシリーズは手元に置きたい一冊になるだろうが、それもタイミング次第。

 しかし、このシリーズの著者も含めて、こういうテイの企画を編集者から打信されて、「はい、それは面白いですね。」と執筆を始めているのか?それとも、あくまでも持ち込みでこのテーマでこんな書籍を~というアプローチのやりとりが発生してこれらの書籍の創刊になっているのだろうか?ならば、「もし、書籍がなくなったら~。」とか、「もし、日本がなくなったら~。」とか、「もし、酸素がなくなったら~。」などのテーマで科学的に哲学的に宗教学的な考察はないのだろうか。ラーメンって、なんでやねん!

ダイハードみたいな・・・!?。

 まず、なんでやねん!いいともにある俳優が登場した。そもそも、ドラマの番組宣伝かなんだか知らないが、もっと、別の枠で登場したらってことで緩くなんでやねん!

 で、さも、素敵なドラマになってますみたいなテイで、私は医師で患者の命を守る立場でありながら・・・みたいなことで、もっと他に医者イメージなら素敵な俳優さんがいるでしょうし、ほらほら、ジェネラルの先生とか白い~の先生とか救命~の先生とか。あれが頼りになるイケてる先生イメージですから、あなたは性格俳優なんだから、そのタッチで医者像を生放送で語るべきではない。そもそも、器もテンションも間違っているということでなんでやねん!

 で、で、視聴率は稼いでいるからかなのか、例の刑事の感じで。だから、だから、何を言ってもいいってもんじゃない。たぶん、入りの部分は二世だったからが、いいキャストに乗っかっただけ。そもそも、そのポジションなら他の個性的な男優さんでも、勿論、二の線の男優さんでも十分に乗っかれているはず。だから、たまたまなんです。それがこの世界の常かもしれないが、入りは二世だからだったのだということを忘れて、そのベースに積み重ねたようなキャリアなんだから、言動はその域を超えぬこと。っていう意味でなんでやねん!

 最後に、言ってはいけない言動。もう、自由かぁ!ってテレビの前のおそらく53%の人が突っ込んだはず。それは、ドラマのPRなんだからちょっとは話を盛ってもいいですが、それにも天井はありますから。言動が自由すぎると自分の立ち位置に悪影響があることもちょっとは危惧しながら言葉を選ぶべき。そりゃそりゃ、大きな病院の医師であり、それが、テロリスト達に病院を占拠されて、患者を守るというどうでもいいリアリティーのお話のベースはまぁいいとして、その学芸会のような設定の主演だからと言って、このテレビドラマをそんな風に例えるのは絶対にNG!!!ボキャブラリーがないのなら、もっと、一生懸命言葉を選んで熱意のある弁をお願いします。それだけは、それだけは言っちゃダメ。

 ただのテロリストつながりだからでしょう?そのテイのテレビドラマ無勢で「ダイハードみたいに面白いですよ。」とか・・・。

 では、具体的に聞きたいが、映画「ダイハード」の1~4のどこをどう観てそう言ってしまうのか?あなたはそれでお金を稼いでいるプロの俳優。それも、日本では上の方でしょう?なのに、「ダイハードみたいな・・・」って、なんでやねん!Mr.F.ちょっとは自嘲してくださいませ。私はダイハード1に関しては映画館で5回別の日に観てるんです。もちろん、2~4も何回観たいことだろう。この程度のファンは日本には恐らく300万人ぐらいはいますよ。その人達がみんなでそのひとことにツッコンでますね、絶対。

吉野家の悲劇。

 久々に昼飯を吉野家で頂いた。例の牛肉事件のあと「豚丼」が開発されて、しばらく、それを食べていた。たぶん、吉野家さんは大学の頃(18歳の頃)からお世話になっていたのに、牛丼が食べられなくなるなんて!とかなり最初はショックだったが、なかったらないで別に牛丼はそれほど・・・で、またいつかみたいなテイだった。で、それに代わり「豚丼」が登場した。これがまた、昔ながらの牛丼フリークにしてみると美味しい。意外とこっちの方が・・・となり、そこから、吉野家に行くと50%が豚丼で50%が生姜焼き定食。

 で、私は完全に牛丼よりも豚丼派なので、久々に行ったのですが、躊躇なく「豚丼並で。」と注文した。そう、躊躇なく注文したのです。しかし、オーダーを聞きに来たその豚丼みたいな女性店員はちょっと半笑いで「ええっ?吉野家なのに、もう、牛丼普通にやっているのに、お前は豚丼???」みたいなリアクション。まぁ、これはさほどその時は気にならなかったのですが、あれ?ちょっと吉野家さん的にはKYだったのか?と反省しながら、少し気持ちの体温が上がる。なんでやねん!

 普通に豚丼が到着して食べました。そろそろ会計をと思っていると(私の席の左前にレジがあったのですが。)、そこに、どこかの会社の上役連中(ネクタイをしていたので。)が3名お支払に。で、その中のたぶん社長らしき男が「ああ、ここは私が・・・」みたいなテイで3人分を払った。すると、その社長らしき男の方が私の右隣りのおじさんに声をかける。つまり、レジ位置からその社長、私、おじさんの位置関係。そのおじさんはどうも、その社長様のお得意先の専務さんらしく、丁重な言い方ではあるが、ちょっと地声が大きく、吉野家にその社長さんの言葉が響いた。その言葉をかけられた右隣りのおじさん(専務さん)はちょっと失笑ぎみ。

 その社長はこう言いました。「いやぁ~!専務、コ・ン・ナ・ト・コ・ロでお昼ですか!もっといいところに行ってくださいよぉ~!美味しいところいっぱいご存知でしょう!」。目の前にいた例の女性店員はおつりを数えながら下を向いていた。まぁ、これでさっきの失言とプラマイ0で、私もお支払して店を出ました。

 でも・・・、コンナトコロって、社長お前も食べてるやん!なんでやねん!!!

政治という無料ゲーム。

 朝からくだらないニュースにはテンションがダダ下がりである。党内の問題を国の~と愚痴りたいところですが、この猛暑、それもどうでもよくなるご両名の茶番。なんでやねん!!!政治の組織の構図とか歴史とかシステムとかもうどうでもいいっすから、メディアの価値を下げるような出来事だけはチョイスしない心遣いをぜひ然るべき担当者の皆様方にお願いしたい。まだ、まだ、無料ゲームの方が生産的で未来像があるというもの(やったことはないが・・・)。まぁ、どうでもいいと乱暴に捉えることもままならずもっと歩みよって~みたいな依存心の上に胡坐をかいている人達だから視野が狭いのか?逆にもうどうにもこうにも個人のポテンシャルでは四面楚歌なので裸の王様でいいやとでも考えているのか?あの蝋人形のような表情と押し殺したようなボキャブラリーからは何も読めない。まだ、それもフェイクならいいが、ただのシェイクならディープにクラックである。

 ちょっとは見晴らしのいい山頂に立った時のような涼しい風を吹かせてみてくださいよ。

明日7割は忘れる・・・!?

 あなたはからなず明日7割を忘れるから、そんなあなたが1ヶ月で500語を覚えるための英単語集というのがあるらしい。うん?なんでその「7割」という強引な物理定数が登場するのか?何かのデータベースからの適用でしょうが、この乱暴なアプローチで反応する人も多いだろうが、ちょっと、強引な戦法ですね。で、その1ヶ月で覚えた500語は次の日7割忘れないの?英単語だけ覚えてても英語ができるにはならないでしょうに・・・。

 「英語ができる。」は「英語が話せる。」でも「英語が聞ける。」でも「英語が書ける。」でもないでしょう。英語英語って人間的に既知に富まずユーモアも見聞も知恵も持たぬ人が英語ができたところで何をするの???例えば、アメリカ人でも同じ。「今日はいい天気ですね?」「お名前は?」「どこからいらしたのですか?」「貴方の家族は?」「好きな食べ物は何ですか?」なんてどうでもいい。それでも7割忘れるのが怖いなら絶対忘れることのない、自分にとって必須アイテムを増やしましょうよ。

 で、単語は大切か大切でないかとなると、やはり、大切。でも、コミュニケーションは単語だけじゃ成立しないし、チュートリアルだけで展開力が増すってこともない。忘れなかった3割のバリエーションを増やし持ちゴマを駆使して伝えようとする気持ちの増幅の方法を身につけた方が確実でしょう。たくましい強い本質の部分での楽しいコミュニケーションができるんじゃないでしょうか。

戸籍上の152歳って!?

 大阪市が25日、市内に本籍地があり戸籍上120歳以上の5,125人が「生存」したままだったといことを発表した。まず、なんでやねん!たぶん、お役人さんのことだから、現実はあと少し多いはず。で、最高年齢の男性は安政4年(1857年)生まれの152歳が発覚したらしい。

 なんでやねん!!!親族に確認をするって、これまで確認しなかったのは何故?

 逆に生きてたらミラクルですが、なぜ、こうも、全国的に今の時代、「新たに判明する。」ことが多いのか。これはネット・デジタル社会のメリットかもしれないですね。正確なデータベースを構築しようとする人が緩い役人に鍔を競り寄せているわけですから、このような「新しい判明。」がボロボロでてくるのでしょう。だからというわけではないですが、ほんとに物理定数は信じられない。

 長生きはとてもいいことですが、書類の上で長生きしてもねぇ~。

お前が絵を語るか・・・。

 昨晩のテレビ番組のお話。芸能人テッペン決定戦みたいなテイの番組で、はんにゃの金田さんと、自ジャストミート福澤さんと猫ひろしさんはあきらかに輝いていた。スポーツが描く真実の部分がテレビの中で展開されていてとても心が熱くなった。それにピアノの対戦を批評する専門家の皆様の音楽に対する愛ある言葉の質量にはちょっと感動した。と思いきや、最後の対戦は「絵」を持ってきた番組P。おいおい、芸能人で絵が上手い人は何人か知っているがこれをラストで大丈夫?川島さん、エスパーさん、てっけんさん、あっちゃんの絵はまぁまぁこんなもんだろう。圧巻はしずちゃん。これは間違いなくガチ。そこまでは微妙なバランスをキープできていたが、まったく、ちんぷんかんぷんは絵を採点する二人のおっさん。お前は何者?なぜ、お前らが他人の絵を批評し採点するのか?ここだけ遺憾が渦を巻く。画材に構図に構成にテーマについての指摘がもうナンセンス。雄弁の蔓が自分の首を絞めていることに気がつかない二人。技法がどうの、配色がどうの、タッチがどうのと片腹が痛い。

 で、絵を採点するのに3名の審査員が10点づつで30点満点!?なんじゃそりゃ!極めは構図の中に飛んでいる「カラス2匹が必要ない。」と言い切る始末。絵を描いた人が描いたモノに対する必要か必要でないかを第3者がなぜどうのこうのと言えるのか?悲しい教養と無意味なボキャブラリーとねじ曲がったプライド。思わず、ひさびさにテレビに突っ込んでしまった。「なんでやねん!」絵は語るものではないですよ、伝えるものです。絵は考えるものではないですよ、感じるものです。絵は批評するものではないですよ、絵が見る人を批評するのです。機会があればこのことをぜひ二人に伝えたい。

1ヶ月に1冊以上!?って。

 これは、いきなり「なんでやねん!」である。ある、メルマガより抜粋ですが、「1ヶ月にどのくらい本を読むかを聞いたところ、実に81%が月に1冊以上、本を読んでいることがわかった。ただ、最も多かったのが1冊の31%、次いで2冊の20%となり、約半数がひと月かけてゆっくりと本を読んでいるようである。また、男女別で見たところ、ほとんど性差はないように見えたものの、月に5冊以上読んでいるのはほとんどが女性(92%)であった。活字離れ、と言われつつも、ビジネスパーソン世代にはまだ本は身近な存在であることがうかがえる。」って、何!1冊が81%で、どうなの?毎月1冊読んでいる人が81%いたら、まだまだ、活字離れの心配はいらない・・・って、なんでやねん!

 なんで本を1冊読むのに1ヶ月もかかるのか?完全にそれは活字離れじゃん!ビジネスパーソンさんたち、ほんとにそれで大丈夫?で、活字を離れてiPadで代用?で、気分転換にストレス発散に無料ケータイゲームって、どこまでボトムラインが低いんやねん!である。

 そりや、電子ブックで十分だわ・・・ビジネスパーソンさんたち。

1分間勉強法って!?

 「本当に頭がよくなる 1分間勉強法」代々木ゼミナールで6万人中1位をとった勉強法?30冊の本が2日で読み終わりました?勉強法の概念を飛び越えた勉強法でした?買ってよかったと心から思えた本でした?ページをまくるのが、楽しくてしょうがない?読書人生に広がりをあたえてくれましたね?サラリーマンを辞めて、社長になりました?自分が限界だと思っていたことが、ウソでした?左脳人間が右脳人間になりました?本当に1分間で本が読めるようになりました?本に対する抵抗がなくなりました?勉強に対する潜在意識の書き換えができた?知識をどんどん吸収して、素晴らしい人生に?今後の人生に希望が持てた?この世に出来ないことはない。それがわかった?アロマテラピーの試験に合格しました?って、なんでそんだけ時間を節約したいのか・・・。

 まるで、1分間で何かできたと思える、思いたいという自分と、結果をそこまでして連動させて、意義や価値感に置き換えたいのか?1分間で何ができるのか?できたは別として、なぜそこまで時間を節約して余らせた時間で海外旅行にでも行くのか?ブランド品を身につけてグルメに耽るのか?

 例えウォーカー(D.ワシントン)の持っている最後の1冊がこの本でも絶対に絶対に読みたくない1冊ですね。この手の書籍こそ早く電子になって1Kに置き換わればいいのに・・・。

 あっ、そうかそうか、この本を買った人達はみんな頭が良くって、逆に1分間で勉強をできちゃう人ばかりだから、上記のコメントが成立するのか!って、なんでやねん!!!

蓮舫さんの苦笑い。

 仕分けられている事業団体は必然なのか偶然なのかはさて置き、こちら側にいる蓮舫さんたちと向こう側の雁首の対比がなんともゆかいな仲間達である。まぁ、実際にその現場がどのような空気でどのような公開~が展開されているのかは一部分の映像だけでは判断できませんし、一部分ということはその中の真実とも限らない。だから、テレビの映像と抽出された言葉の綾とりで何が分かるというレベルではないにしても、ないにしても・・・である。

 やはり、向こう側の人間のあのふわふわした弁証やあの視線の踊り加減や不可解なロジックやその場しのぎの定数提示には、そりゃ、蓮舫さんも苦笑いだろう。絶対にあの場所で向こう側に座っている人と知りあいにはなりたくない。めぐりめぐってどこかでつながっているとしても、あのうつろな蛇の前のカエル達が論理の行き場を失い取り付く島を失う風景は滑稽である。それなりにその世界でどんな不条理の上に成立したそれぞれの虚栄の人生観であったとしても、それなりの捩じれたプライドでもいいから、せめて、テレビカメラが回っている時は堂々としていてほしいですね。悪さをした幼稚園児でももう少し毅然としていますね。憮然にも憮然なりのそうなるほど頭の中が空洞なのかあの存在感の滑稽さは久々にテレビを観てお笑い番組以外に笑えた。
 
 蓮舫さん、ちょっとはテレビの空気を持っている人なんだから、あのふわふわした弁証に対して、なれてなくてもいいので、ひとこと、呟いてほしかったなぁ~。あの知的な表情でクールなトーンで「なんでやねん!」と。

 実は仕分けられているのは団体でも企業でも組織でもなく、向こうの席に座っている人自身かもしれない。仕分けられた人にはさらに誰かを仕分け、最後の最後の人が仕分けられたぁ~と呟く時、あの蓮舫さんの苦笑いが完結する。しかし、何事もこの世界は偶然の連立方程式。いつ向こう側に座るやもしれないし、いつこちら側で苦笑いをこぼしているかもしれない。が、少なくともこちら側に座っている人達のポテンシャルの高さと軸のゆるぎなさはキラキラと目から口から身体から発散されていた。それが向こう側の人たちにはかなりまぶしかったようですね。これが人の持つ「覇気」のチカラかもしれない。

3年前の25倍!?

 ネットを使った詐欺の被害件数が3年前の25倍になっているらしい。「あなたも絶対結婚できます!」「絶対にお金が稼げます!」という文脈に引きよせられて振込して被害に会うという件数が、3年前より25倍になったということ。まぁ、この場合の3年前がなぜ5年前や10年前ではないのか?という疑問や25倍という物理定数がどうやねんという視点もありますし、ネットを使ったという部分で、どうしてネットに限定するのかというこの記事の基盤も興味がありますが、それはそれ、新聞というメディアの性質上仕方ないとしてスルー。ここにツッコムと新聞全体の存在感やメディアとしての概念にメスを入れることになってしまうだろうし、そのテイの情報と絡めても結果、真理に辿り着けるアプローチではないにしても、よもや新聞で活字になっているから「3年前」と「25倍」の相関関係に興味が湧いたというだけのこと。

 で、ネット→絶対→結婚→幸福とか、ネット→ビジネス→お金→幸福っていうシンプルな幻想になぜそれほど黙視的になれるのか?信じる者が救われない時代なのか?そもそも信じるとは何なのか?の状態で分析すれば、逆だろう!?とう感じ。幸福→誰か→何か→ネットなら電子の流体経路が自然。何ごとも逆転の発想なのか、ネットから何かを始めようという魂胆に癌細胞DNAが潜んでいるようです。

 被害にあった人たちは「まさか!友人もやっていたので安心していたのに・・・。」「会社の上司に勧められて藁をも攫むつもりで、信じていたのに・・・」って、なんでやねん!いろんな意味を込めて、なんでやねん!

今日はここでかい!

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 健康でなにより。

ゲーム・ゲーム・ゲーム。

 なんとなくですが、無料ゲームのCMが多くないだろうか。それは何のために作られたゲームなのか?同意でアップルのアプリもそう。そのアプリは何のために作ったのだろう?もう、???の連続。そんなにゲームが楽しいのか?全くそのテンションはスルーしてきた、というよりも、否定してきた人間だからかもしれないが、全く意味も意義も価値も感じない。もしそんな言葉があるのならば「無駄以下」の存在だと思う。まず、それは楽しいのか?Wiiでさえ反応しなかった恐竜のような人間だから、まして、オンライン無料ゲームの「オンライン」の意味も「無料」の意味も「ゲーム」の意味も不明である。別に否定しているからと言って、分析をしたくないってほどの拒否反応ではない。それが、何らかの理由で開発されそれを利用している人が有益な時間、生産的な時間を過ごせるなら。もしくは、たまりにたまったストレス解消になるなら、それらはすべて心と身体と人生の健康に繋がる。ここまで誇大解釈して受け入れる気持ちがあるがやはり、しっくりとは来ていない。

 また、特筆すべきはそれらのゲームの中に存在する「お宝」の貧弱極まりなさ。なんでそれが「お宝」なん?ゲームっていうテイだからそれはそれで楽しければいいの?が、楽しいか?それがお宝?また、あるプログラム関連のお話で、ステップアップするたびにアバターの服やアイテムがグレードアップされ、特典ポイントがたまってベラベラベラベラ・・・。って、それがなんやねん!そもそもの「お宝」の定義はなんだったのか?多様にも程がある。

 世の中、ゲームゲームゲームで白黒つけたいから?つながるきっかけづくり?無料のゲームでひまつぶすその暇の暇さがなんとも滑稽である。世代が違うからか、もう、私のこの感覚はおっさん道のドマンナカなのか?が、別にさみしくも悔しくもない。ある方に言わせると「それは楽しいゲームに出会わなかったから・・・。」とのこと。いやいや、まったりとツッコミましょう。「なんでやねん!」と。それは逆逆、「あなたががゲーム以外の楽しいことに出会ってきていないからでしょう・・・。」となる。

三平が・・・。

 一連のパチンコ・スロットにいろいろな歴代のキャラクター!?が採用されていったい現場ではどのような仕組みになっているのか未確認ではあるが、どうせ、画面にそれらがプリントされて、適当にキャラに使われている程度でしょう。純粋にパチンコやスロットを楽しむことと一連のキャラ台のコンセンプトがよく分からん。分からんというかそれ以上にそれらを採用している人の狙いが不明。とそれ以上に遺憾である。かれこれパチンコ屋に行かなくなって何十年が経つが一時期はそれにワクワクドキドキを心の底から感じて無駄な出費をしていた。いつの日かあの空間がどうにもうるさく感じられ足がぱったりと止まる。しかし、休日その前を通れば開始時間待ちのヘビーユーザーが列をなしている。あの中にいた頃もあるので全否定はするつもりはないが、あの頃のドキドキからキャラ台にして何かそのディテールは変わったのだろか。別にこの辺はもうどうでもよくなったのでスルーしているのですが、それでも、なぜ、「パチンコ台、釣りキチ三平」が登場するのだろうか。そこだけは止めてほしい。どうせ、ある一定期間が過ぎれば別のキャラを使うのに、なぜ、この路線を決定している人の目に「釣りキチ三平」が止まったのだろうか?たぶん、その人は釣りなんてしないだろうし、三平の伝説を心で感じてきた人ではないはず。あの鮎からサーモンダービーの伝説に何かしらの心の高揚を感じた人ならば、それをパチンコ台の盤面には採用しないはず。それをそこに行って確認したいとも思いませんが、たくさんの何故?が頭で渦を巻いている。

 もしかして「釣り」と「パチンコのギャンブル性」をシンクロさせていたとしたら、もう、それは悲劇である。

脳に悪い7つの習慣!?

「脳に悪い7つの習慣」という書籍の新聞広告より抜粋とコメント

1つめの悪い習慣「「興味がない」と物事を避けることが多い」
脳の「知りたい」という本能に逆らうな。「自分さえよければ」と思うな。脳の癖を知ってコントロールする。とあるが、まず、「興味がある」と「興味がない」をどこで判断すればいいのか?なんでやねん!

2つめの悪い習慣「「嫌だ」「疲れた」と愚痴を言う」
マイナスの感情は持つな。表情が暗いと脳も鈍る。「疲れない脳」はつくれる。とあるが、マイナスのベクトルがあるからプラスのベクトルへの振幅があると思う。愚痴を言うことは決してマイナスのベクトルでも脳が鈍くなっているわけでも、疲れているわけでもないと思いますが・・・。なんでやねん2!

3つめの悪い習慣「言われたことをコツコツやる」
「だいたいできた」と安心するな。上司に対して従順になるのはNG。勝負時はリラックスするな。とあるが、どこまでできたら安心すればいいのか?上司ありきですでにNG。本当の勝負はリラックスしたモードで戦うべきだと思いますよ、これが。で、なんでやねん3!

4つめの悪い習慣「常に効率を考えている」
頑固者が伸びない理由は脳にある。本を一回読むだけでは活かせない。独創性はやり方次第で身に付く。とあるが、「頑固者」って伸びている途中だから頑固さと向き合えるのでは?本は一回読むだけでって読み方でしょう。何が「独創性」かでやり方自体が均一化されたら本末転倒。なんでやねん4!

5つめの悪い習慣「やりたくないのに我慢して勉強する」
悔しい気持ちが脳の力を引き出す。「だいたい覚えた」でやめるな。記憶力アップには秘訣がある。とあるが、我慢は大切だと思いますし、だいたいも十人十色、まして、記憶力アップって覚えるだけにそもそも秘策などいらないでしょう。なんでやねん5!

6つめの悪い習慣「スポーツや絵などの趣味がない」
姿勢の悪さは脳に影響する。どうすれば集中できるるのか。「生まれつき」とあきらめるな。とあるが、趣味はそもそも習慣なのか?なんでやねん6!

7つめの悪い習慣「めったに人をほめない」
「伝えられない脳」をつくるな。たんたんとクールに話すな。自分を捨てる勇気をもとう。とあるが、伝えたくないと考える脳こそ大切であり、クールに話すことの意義はある。そして、この場合の自分とは何を指しているのか?これは日本語圏の中の慣習に根付く「自分」という定義にのみで語られてるような気がします。「自分」って簡単に線を引くともう一人に自分はどうすればいい???なんでやねん7!

と、なんでやねん!7連発でした。

貧困率!?

 年間所得が114万円以下だとこの国では「貧困」らしい。そして、その比率が現在15.7%だそうです。で?って感じ。平均値が288だそうですが、これは何の指標であろうか?なんでもかんでも率で決めて、なんでもかんでも以下とか以上とか・・・、それらを机の上で決めている人たちぜ~んぶに、「で?」って聞きたいですね。頭の中の活性率の何か指標が算出されたなら、どちらと言えばあなたたちの方が別の意味で「貧困率」が高いかも・・・。