フィギュアをつくろう! アーカイブ

ピーちゃんとベトベト君。

works_200818.jpg

 これは石粉粘土でつくった造形作品。ピーちゃんとベトベト君。ブタのピーちゃんはモックアップですが、ベトベト君は中に鉛が入っていますので「ペーパーウエイト」です。

 鉛は地元の釣具屋さんでいつも買っているのですが、形状が魚釣り用です。やはり、ペーパーウエイトとして鉛を実装する場合は一度熔かして成形するペーパーウエイトの形状に合わせる必要があります。で、鉛を熔かす方法としては、カキ氷のシロップ用ステンレスミニひしゃくを買って、アルコールランプでそのひしゃくを熱して鉛を熔かそうと考えています。鉛を熔かすことができれば、粘土で型を制作して鉛を流し込むという方法でも成形ができるので、アルコールランプはどこかで探してこようと思っています。

フィギアづくりのお手本。

works_200519.jpg

 これはとてもお手本になります。2次元を立体にする能力って何と何だろう?当然、デッサン力とかも必要なんだろうけれど、恐らくそれだけじゃないだろう。粘土に向かう際の器用さってどのようにして習得するのだろう?とにかく粘土に向かうしかないのだろう。絵を上手く描くのに理屈がないように、良質なデザインをつくるのに近道がないように。

恐竜の化石。

works_200511.jpg

 これは少しずつ石粉粘土を部分的に盛りながら仕上げている恐竜の化石レリーフ。成形行程はこのあとのサンディング行程や着色行程を想定しながら、写真を見て立体感を決める大切な工程です。粘土を盛って削っての繰り返しが一般的なつくる行程のようで、確かにこの段階でも「盛ると削る」という作業を3回ほど繰り返してきましたが、やはり、気になる部分が多い。実際の化石を見ながら成形しているわけではなく、あくまでも想像との検証なので、「こうじゃないかな?」「ここが足りないな?」「ここが少し写真とニュアンスが違うな?」などと次から次へ改良点が見えてきてしまいます。つまり、この行程はエンドレス。なんとなくデッサンと似ているような気がしています。

キモイモノ。

 どうも僕がつくりたい立体作品(フィギュア)はキモイとカミさん受けがしない。なんでそんなにキモイモノばかりつくりたいのか?なんでそういう発想になるのか?いつもこんなアゲンスト(北風)の中、コートの衿を立てています。

 しかし、自己弁護ですが、この世の中には意外とキモイモノの方が多いような気がしていまして、逆にキモクないモノって何か分からないと言えば分からない。何を見ても本質・本性がそういう姿勢だからキモイモノにばかり視線が行くのでしょうけれど。これは僕の個性であり人間性でもあるのでどうしようもない。もっと、清清しく誰もが美しい心地良いというモノに興味や好奇心があればキモイとは言われないのでしょうけれど、どうしてもそのゾーンに心が引き寄せられてしまいます。

 その流れで僕はあまりと言うか、まったく風景の絵を描きません。仕事ならば建物のペン画や観光地の水彩画は描きますが、自分のライフワークで風景画を描くことはまずない。あくまでも描きたいのは「人」のみ。その明確な根拠や理由も言葉にはできないのですが、どうやら風景や静物画を描いてその気持ちを誰かに伝えたいという発想が皆無なのです。

 だから、素朴な味のある風景画をサラリと描く画家さんの気持ちが分からない。

 こういう人間は「妖怪」とか「怪獣」とか「宇宙人」とか「幽霊」を描くことで無類の達成感を感じるようなので、普通に人を描いていても、どこか微妙にキモイと言われてしまいます。これは恐らく、ずっと今後も変わらない本質のようです。どこかで道を間違えたのかもしれません。

聖獣バロン。

works_200507_02.jpg

 バリ島と銀細工バロン(Barong)は、インドネシアのバリ島に伝わる獅子の姿の聖獣。バリ・ヒンドゥーの善の側面を象徴しており、悪の象徴である魔女ランダと対を成す。バロンはあらゆる災害を防ぐ力をもつと信じられており、デサ村の寺院の一隅に収められ、日々、供物と祈りの対象となっている。~ある方のブログより抜粋~

 いろいろな立体作品をつくろと考えて、仏像や世界遺産のシンボルなどをリサーチし続けているのですが、日本の「座敷わらし」「河童」「天狗」や、海外の「フランケンシュタイン」「ピエロ」などをリサーチしていてこの「聖獣バロン」にたどり着きました。この仮面の意味合いは「災害を防ぐ力」に連動しているのですが、冷静に見ればただの木の仮面。そんなことを言ったら奈良の大仏も同じで身も蓋も。でも、人間のイマジネーションはそんな短絡的で安易で貧相ではなく、もっと襞が細かく多い。つまり信仰とはそういうものであり、結果、イマジネーション力の強さというか細かさに依存すると思います。白い着物を着た髪の長い色白の細身の女性が暗闇に立っていても、ああ、そういう人なんだと無視できる人と「怨霊の化身」と捉える人の違いです。

 で、この絵柄というか構造・意匠に言葉にできない何かを感じてしまったので、この仮面もつくってみようと思っています。信じる人は救われるか救われないかで言うと、救われると僕は思っています。

粘土部材各種。

works_200506.jpg

 これが現在手持ちの粘土部材。左から「石粉粘土」「樹脂系粘土2種」「スカルピー2種」です。それぞれに特長があるらしく、「石粉粘土」は素材が細かい石をメディアで練ってあり、「樹脂系粘土」は細かい樹脂粉。で、スカルピーも素材は樹脂なんですが、練ってある溶剤というか繋ぎがフルタ酸エステルという物質らしく、皮膚の弱い人はゴム手袋を付けて成形する必要があり、また、この素材は硬化させるためにはオーブンで130度以上で加熱する必要があります。その際、ちょっと有害なガスが出るので換気が必要というデメリットがあります。「石粉粘土」や「樹脂系粘土」は完全にクリーンなのに対して、スカルピーの特長です。しかし、何故こんな練り方をしているのかと言えば、加熱しない限り硬化しないという特質があります。最初この特長を知った時、正直、ちょっとこの素材はないのかな?と感じたのですが、いろいろなYTチャンネルで動画を観ているとスカルピーのこの硬化しないという利点はかなり優れていて画期的なことらしい。そこまで長時間成形をしたことがないのでこの利点を分かっていないようです。

 で、他にも立体作品をつくるためには軽量粘土や透明度の高いラバー粘土、硬化した粘土同志を接着する液体上のスカルピーや接着用のエポキシパテなどもあるのですが、これはまたその状況になれば、ある程度の成形テクニックが習得した段階でテストしてみようと思っています。フィギュアづくりで食品サンプルやアクセサリーなどをつくっている方のブログなどもチェックしていますが、立体作品の可能性はかなり広く大きい。

 何よりも指で粘土を練る、ヘラで粘土を成形する行程が楽しく刺激的です。僕はこれまで絵画やイラストの平面の仕事やデジタルソフトでデジタルデータを制作する仕事を長年続けてきたので、ある仕事のきっかけで立体作品をつくるようになり、改めて立体作品の魅力に取り付かれています。紙やモニターではなく、自分が制作した作品が目の前に存在していることがなんともウキウキするのです。56歳にしてこの発見をさらに覚醒したいと思っています。

 結果、成形行程手順をシュミレーションして粘土を切り出し下地に付けていく作業、いろいろなヘラや研磨ツールで成形を整えていく作業をしていると、従来のイラストレーションの描画中にもデジタルデータの制作中にも同じ「コツコツ感覚」が作用・連鎖して作業の姿勢が正されると同時に細かいチューニングを長時間繰り返すようになったという利点も実感しています。手を動かして立体作品をつくることでどこか老化・鈍化・マンネリ化していた歯車に潤滑油を指した感覚です。

モアイ像ペン立て。

works_200505.jpg

 立体作品をつくろうと思い立ち、どうしても最初につくりたかったのが「モアイ像」。何故か理由は分からない。カミさんからは「そんな訳の分からんモノをつくらずに、もっと使える何かをつくったら?」という的確なアドバイスを頂き、「モアイ像」と「ペン立て」を組み合わせてみました。まだ、これは石粉粘土の成形試作の段階なので、特に設計図(ラフスケッチ)も用意せず、モアイ像の資料写真も見ずに感覚で成形したモックアップです。

 特に石粉粘土は水性で乾燥が速い利点があるのですが、硬化開始(約15分後)までは非常に柔らかい特性があります。硬化中は成形しやすい硬さなのですが、そこから一気に硬化が始まります。だから、成形時間をキープしたい場合は霧吹きや筆で表面に水をつけて硬化を鈍化させています。この部分だけを注意して成形すればけっこう長時間成形することができます。

 あとはデッサン力と根気で立体成形をどこまでこだわるかが勝負。

 ま、石粉粘土の特長として「盛り」が比較的、樹脂系の粘土と比べると簡単です。非常に粒子の細かい粘土で細部もしっかりつくり込めるのですが、一点、樹脂系粘土と比較して細かいパーツがポキリと折れやすい。だから、細いパーツや細かいパーツなど本体と接合部分が狭いパーツの場合は中にアルミの針金やアルミホイルで芯を入れておく必要があります。

 ちょっと苦笑いな表情にしたかったのでここから硬化した粘土を削りながら、部分的に粘土を盛りつつ成形行程を仕上げたいと思っています。この作業、無類に楽しい。この作業を傍で見ているカミさんが「その底なしの根気はどこから来るの?」と冷ややかな視線をあびながら、コツコツとつくっています。老刑事が足で情報を集めるような粘りで手前のヘラを使い成形しています。

陰影・明暗の大切さ。

 以前にも仕事で立体作品やクラフトを制作していた時、うっすらとなんとなく実感していたことでしたが、最近、フィギュアを製作するつくり手のYT動画を観て気がついたことがあります。

 それは「部屋が薄暗い」のです。

 ま、立体作品をつくるためにはほんとにいろいろな道具が必要なんです。非常に根気の必要な細かい作業で、しかも、完成度を高めるためには想像以上の時間が必要だとのこと。つくり手の皆様の根気というか徹底的に造形作業を極めるという作業の実態を動画で観ていると、立体作品が何故ここまで心を動かすのか分かります。

 あるつくり手の方が動画の中で言っておられた言葉がとても印象的でした。

 「造形物に魂を込める」という姿勢です。

 そう考えると、信仰を集めてきた仏像や彫像にも同じことが言えます。木であれ石であれ金属であれ3Dプリンターであれ、必ず造形物・立体作品にはつくり手の魂が実装されているのです。

 少し話しは逸れて、映像制作においても同様に「光と影」の関係性は優れた映像を制作する上でとても重要な捉え方になります。人物であれ風景であれ造形物であれ、光があたっているから見えるのです。以前、映像制作に取り組むにあたり、ある映像制作のプロフェッショナルの方から、比較的暗い状況で人物を撮影する際、明るい光があっている部分と暗い影の部分の暗い部分、このディテールがどこまで撮影できるかが勝負だと。だから、私はカメラを選ぶ時にダーク部分のディテールをどこまでしっかり撮影できるかという機能性でカメラを選んでいるとのことでした。

 そのことが立体作品をつくる皆様の部屋が薄暗いことと一致して、改めてつくり手の仕事場というのは様々な理由や知恵が取り込まれているんだと実感しました。実際、粘土素材で造形物を制作している際、日中でも部屋の明度を下げて、直接手元にスポットライトを当てるのではなく、少し角度をつけて手元を照らし、制作中の造形物にコツコツと手を入れています。

 また、同じ捉え方でイラストレーションを描く際も、光と影の関係を改めて意識するようになりました。鉛筆で陰影をおこす場合でも、捉え方は同じなんですね。

ピザ。

works_200423.jpg

 石粉粘土をコネコネ、サンディングとルーターによる削り出しを経て成形は完成。ここにジェッソで下地を整え乾燥後、着色作業となります。焼きたてホクホクの美味しそうなピザになぁ~れ!