ちょっとSFチックに アーカイブ

サイエンス・フィクションの定義。

 最近のSFチックな映画となるとたぶん「アバター」となるのだろうけれど、ちょっと、SFというニュアンスが少ないような気がする。物語のベースを海外のSF小説から脚本化するテイは過去にいろいろあったが、いずれも、原作のニュアンスだけを2時間以内に編集するものだから壮大な物語の一部分の切り取りか、ごぉ~いと短縮するパターンか、テイストだけをベースに人間ドラマにフォーカスしたりするパターンが多いので、ガチで小説の原作を忠実に映画にする技術的な壁やそれに伴うコストの関係があるのだろう。まぁ、何十、何百億という予算のことだから、どう関係あるかも想定外の外ですが、このSF小説が映画になったらなぁ~、ええっ!この映画にはこんな原作があったのかぁ~!みたいな本と映画の関係においてサイエンス・フィクションのジャンルが縮小しているように感じる。

 そう言えば、「第9地区」もSF映画なんですが、切り口ばかりがクローズアップされてあの武器や宇宙人の設定へのこだわりの秀逸さは意外とスルーされているような気がする。まぁ、カチャンカチャンカチャンって変形ロボットが出たらSFでもないし、未知の力の大戦争でもSFではない。勇敢な王子が美しい姫を幻獣から救うのもSFではない。例えば「クローバーフィールド」などはあれはSFなんだろうか?それに、「ミスト」や「フォーガットン」や「デジャヴ」はSFになるのだろか?それほど科学というジャンルが細かく分解されて粉末になって飲みやすくなったということだろうか?

 そもそも、定義など関係なく、科学的根拠や仮説をベースに非現実的な物語の中で展開される描かれる人間像こそが醍醐味であるはず。つまり、SFとはもう死語なのかもしれないが、科学的な根拠をベースに日本の映画を観ると、実につまらない。何故に?と思うほどつまらない。最高峰はたぶん東野さんだろうが、それでも、軸はSFではない。古いところで小松さんなどが築いたルートで「神様の~」とか「戦国~」とかあるが、まぁ、科学的根拠や背景描写が雑である。たぶん、監督のポテンシャルがそこのベクトルに向かっていないからという理由と、そこをこだわって描いても観る側に伝わらないといういう製作側の声が聞こえてくる。つまり、イタチゲームなのである。このループを一旦ほぐすことはできないのだろうか・・・。あたりの視点で「ちょっとSFちっくに」というカテゴリーを着想しました。まぁ、時にシートンやファーブルのお話になったり、ミクロのお話になったり、宇宙のお話になったりするかもしれませんが、そうなっても、どうぞ、おつきあいくださいませ。